フィンランドで開業している私達のビジネス、ライフ・スタイル ブログです。 This is about our business and life in Pori, Finland.


by wa-connection

独立記念日に関連して・・・

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12月6日は、他の欧州の国だと聖人の日だったりしましたよね。(ドイツ人の友人が言っていた)

ですが、フィンランドでは、大事な独立記念日です。(1917年にロシア革命でロシアの力が分散されているすきに、いまだ!と国会で独立を宣言)
(過去の独立記念日の記事はこちら2006 2008
今年は、ロシアとの冬戦争勃発から70年の年でもあり、歴史的な記事などが色々なところで掲載されていました。

大統領邸の独立記念パーティ、ファッション・チェックもそこそこ楽しいし、今までも結構見てたんですが、今年は最初の10分だけ見て、身辺がばたばたして、忙しかったので子どもたちと料理したり片付けしたり、いろいろして終わりました。

ほんとはみたかったんだけど。
エストニア出の詩人・小説家 Sofi Oksanenは拝みたかったです。
彼女の「Puhdistus」は素晴らしい作品だそうで、小国エストニアが如何にロシアから弾圧を受け、迫害されてきたか信仰の自由され奪われてきたか、などを小説にし、昨年見事文学賞を受賞しました。
外見がかなりパンクで、黒髪の一部を紫にしてメイクもクチビルが真っ黒だったり、かなりのユニークさです。
変わり者が集まるフィンランドの演劇大学(Teatterikorkeakoulu)でも浮いてた位だそうですし。
読みたいと思いつつまだ手が出せてません、、、この秋、一冊もフィンランド語の本を読んでないなぁ。
忙しすぎて、新聞、雑誌がやっとでした。それすらも積んどいた山が、、。


さて、こうした文化、社会で貢献している人はともかく、実際に独立の為に尽力した人で、存命中の人は、9割が負傷兵として一生障害を負ったまま施設で暮らしているか、ロッタ(女性で、後方支援を担当していた人たち)だった人たちも、自分の足で歩ける人はかなり少なくなったのではないかと思います。介護施設で寝たきり、認知症を患っているか、または運がよければ、孫やひ孫にかこまれてお祝いをしているか。
今の若者で独立をありがたいと思ってる人たちは少ないでしょうが。
やっぱりその時に生きていないと実感は湧かないですよね。

偉そうな事を書きました。

が、私自身、日本の、特に現代史は学校で熱心に教えなかったのをいいことにほぼノータッチできています。
現代史は日本でも、まだ傷がほじくり返されるような感覚を呼び起こしますからね。
日の丸、君が代、靖国神社参拝、GHQ、原爆、陸軍上層部暴走、大東亜共栄圏、一億総玉砕・・・辺りがキーワードの一部でしょうか。
私はこれらの言葉を見ると、落ち着かなくなりますね。知らないこと、知ろうとしてこなかった事がたくさんありすぎて。

私はぎりぎり戦中派の父と、戦後生まれの母に育てられ、祖母が生後二週間の父を背負って大空襲を逃れた話や、母がアメリカ兵に"Give me chocolate!"など叫んだ事が有るとかないとか、の話や、祖母が子ども時代、何人も下に兄弟がいたので、子守をさせられ、学校に生かせて貰えず、同級生たちが授業を受けている間、学校の窓の下で小さい弟をおんぶしながら先生の話を聞いていたこととか、を聞いた程度ですが、
今になってそういう話をフィンランド人とすると、年配の人はやはり興味を持ちますね。
やはり日本を背負ってるんだという強い心持ちがしてきます。
もっと聞いておけばよかった。

日本の歴史も読まなきゃ。
日本人は、江戸、明治、大正辺りは好んで読みますけど、(司馬遼太郎が人気なのも頷ける)昭和に入ってからあまり知らない様に思います。時代小説って江戸時代ですよね、ほぼ。
20世紀の歴史小説は、楽しく読める話が少ないですしね。

フィンランドの年配の方では、中には日本語を聞いて「戦友国の言葉だね」と言ってくれる人もなかにはいます。第二次大戦では、フィンランドはドイツに加勢しましたから、敗戦国で多額の賠償金をソ連に払ってるんですよ。
(アジア人と見て避けて通るか凝視する人もまだまだふつうにいますけど。日本人と知って態度をころっと変える人もいますけど。日本人でも、「中国人とかと間違えられたらやっぱり嫌だ」とか豪語するアホも未だにごろごろいますけど!アナタ、何様ですか?と感じます。)



さて、前置きが長くなりました。
フィンランドも痛みを抱えてる国です。
内戦がありましたから。外国と戦うのは分かり易いといえば分かり易い。
しかしながら、イデオロギーで国民が真っ二つに割れ、分かれた赤軍(ロシアとくっついた)、白軍(ドイツなどなどに応援を求めた)と、同じフィンランド人同士で殺し合い、なぶりあったと言うのは、今でもかなり引き摺ってます。
政党でもこれは引きずっているようで。

同じ家族内、親戚内でも赤と白に分かれて戦った所もあったようで、その後は一切口にされていない、タブーになってしまったとか。つらいですね。

今まで私の拙いブログを注意深く読まれてきた方は、既にお気づきかもしれませんが、
夫の家系はかなり保守派です。
愛国心あふれ、男は代々、徴兵制の期間に軍隊で将校コースも受けて、徴兵期間終了後も、積極的に訓練に参加したりしています。

で、実生活とは別に、予備兵(職業軍人ではないが、非常の際には召集がかかり各自持ち場につくことになっている。英語では Reservedといいます)でも昇進がありまして、
夫は今回めでたく 

これまで予備兵の将校クラスだったんですが、その中で
大尉に昇格になりました。

おめでとう!

軍関係では、年に2回昇格のチャンスがあり、
夏のマンネルヘイム元帥の誕生日(6月4日です。こんなの覚えてる日本人、他にいないだろうな)
そして、独立記念日の12月6日。

夫は、マンネルヘイム元帥の誕生日に昇格をしたかったらしいですが(その方が人数も少なくて新聞でも目立つし!? これは、毎年、年に二回、大学の合格発表のごとく各地新聞に告知されます)
ちょっとずれて、12月になってしまいました。でもよかったじゃない。

夫の祖父は、中央フィンランドのLammiで、suojeluskuntaの設立メンバーで、戦争で腕を負傷したそうで。その息子の舅は、現役時代は、予備兵の少佐(Majuri)でした。
この人達は、将校クラブで美味しい葉巻をくゆらせ、コニャックのグラス傾けたりしてるらしいですよ。

夫も、先週末、サキュラ(Säkylä)のUpseerikerho(将校クラブ)のセレモニーに呼ばれ、昇格した人たちにはコーヒーやケーキ(おいしかったらしい)などが振舞われたらしいです。
ワインは、軍隊も予算がないんで安物だったそうですけどね。。。
ホーネット買うとお金がケタ違いにかかるし(笑)
ホーネット一機で、コンサートホール数箇所建設できるんだったかな?

夫はこのサキュラで、自分の徴兵時代を過ごしています。
当時は全国でも、規律が厳しいので有名だった所だとか。


さて翻って、現在の若者たちは、どこでもそうですが、多くがだれてるので、徴兵制度に参加するチェック段階で太りすぎとか体力なさ過ぎではねられる事もあるそう。
そうではない人たちもいますけどね。

今、女性の自主志願の人たちのほうが熱心そうですよ。少数でもやる気はあるし、モチベーションも高いし。
男子は必須ですが(しかし希望の理由が認められれば、シヴィル・サービスに行くと言う手もあります。役所、病院、保育所など様々な所などでの奉仕活動で長めの期間で済ませるのです)、女子は”来てもいい”わけです。筋肉ムキムキの女性は殆どいなくて、普通の女の子達が志願しています。まだ1割弱の割合でしょうが。

さー、うちの息子達、同じようにダレダレの情け無いのに育たないように、びしびし行かなくては。
しかし、その前に、母がぐうたらをやめなくては、悪い見本になってしまうか・・・。

長々と語りました。

失礼しました!
久々にいいニュースだったもので。

一番上の写真は、去年と同じく、ポリ中央教会(寒波の日に、撮ったのと同じ教会)にある戦没者墓地の十字架に、市や、戦争負傷者家族の会、Lotta(戦時中に後方支援部隊として働いた女性たちの団体)、などなどが花輪をささげた所。
毎年、独立記念日の午前中に毎年あり、それぞれの団体が旗を掲げています。
お墓を警護しているのは、国連PKOを経験した人たち。年によって担当が違います。
次男のGod fatherは国連のPKO協会(PKOに参加した人たちの団体)の代表として、旗持ちを毎年やっています。
今年も退場の時、笑っちゃいけないので目で合図してました。
来年夏から、年齢制限前に3度目のPKOでアフリカに行くらしい。
大丈夫かな・・・
奥さんと子ども二人で、頑張って家を守らなきゃね。
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by wa-connection | 2009-12-09 06:10 | finland in general