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by wa-connection

フィンランドの一流翻訳家達のインタビュー記事を訳してみる

※長いです。
フィンランドのベテラン翻訳家にインタビューした9月頃の新聞記事があって、翻訳の仕事の仕方、タイプの違いなど興味深かったので訳してみました。

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「一流の翻訳家達は不可能に思われた作品のフィンランド語訳もやってのける」

Helsingin Sanomat 元の記事へのリンク(フィンランド語です)


ヘルシンキ中心地にある二部屋の古い洗濯室——
その両方で純文学の翻訳家が仕事をしている。その二人ともこの秋にあらたな翻訳作品が出版される所だ。二つとも世界文学の古典ともいうべき、そして翻訳不可能とまで−−少なくとも非常に困難だろうと−−言われていた作品だ。

クリスティーナ・ドレウズはウラジーミル・ナバコフのカルト的作品の翻訳を2013年夏に始め、今週『Kalvas hehku(邦訳:青白い炎)』が印刷に回った所だ(注:10月に上梓)。

ユハニ・リンドホルムからは米国人作家トマス・ピンチョンの分厚い『Painovoiman sateenkaari (邦訳:重力の虹)』が9月末に上梓された。この作品を訳しきるのに2009年から2011年の間合計18ヶ月を——しかもフルタイムで——要した。

これらの作品のどんなところ難しかったのだろう?

ロシアから米国に亡命した作家ナボコフ(1899—1977年)の『青白い炎』については、それが何なのか、はっきり言う事が難しい。導入部はジョン・シェイドという名の詩人による999行もの詩だ。その後学者チャールズ・キンボーテの述べる意見が続き、注釈、索引がある。

これらすべてが作品全体を文章とともに言語の迷路で一つにつながっているのだ。本作品はポストモダン時代の小説でありまた文学史に名を残す作品の一つである。

「参照部分がそれこそシェークスピアから全分野にわたってありましたね。」ドレウズはいう。「言い換えれば、作品にはナボコフの人生がかなりの分量詰め込まれています。それは世界史であり政治であり、ツァーリ時代の帝政ロシアの記憶であり。もちろん想像上のゼンブラ国としてではありますが。キンボーテはゼンブラ国から追われた支配者だったのかもしれないし、はたまた彼はただの気がふれた人だったのかもしれません。」

ピンチョン(1937生)の作品では翻訳の難しさは一言で言えばそのあまりの幅広さ、であろうか。ページ数は千に及ぶ。ある部分では『重力の虹』は第二次世界大戦とその当時のロケット技術を述べ、また一方では激しく荒々しく誰にも止められないような夢想をしてみせる。

登場人物も四百人近く、語り部、言語、諺なども多い。弾道学からカバラー思想、哲学、化学、経済学そして作中では映画、音楽だけでなく麻薬にまで話題が及ぶ。

リンドホルムは、本作品はヒッピー時代の精神世界を描いているという。その雰囲気はロバート・クラムのアングラ・コミック作品に近い。同時に、作品はかなり悲劇的で戦争が引き裂く国、国民そして個々の人々を描く。

「ピンチョンは以前航空業界のテクニカル・ライターとして働いていましたからそれがここにも表れています。作中の多くのトピックに関して僕は無知でしたけど、翻訳者はカメレオンですからね。」

「翻訳にあたってはジャーナリストの経験と、勤勉にやるって言う性格も役立ちましたね。分からない事は調べ、文章をじっくり読み直します。調性を見極めて作品が一つの音楽を奏でるようにする。同時に自分自身は一年半の間、全く別の人生も生きなくてはならない。」

これを可能にするには二つのやり方がある。一方の翻訳者たちはリンドホルムのように朝出勤し、一日中訳し、夕方帰宅する。もう一方の翻訳者たちはドレウズが言うように「いうなればずっと仕事をしているようなものですね」ということだ。

「私が前回まともな休暇を取ったのは2002年の事だったかと思いますよ。ジョイス・キャロル・オーツの『ブロンド』※を訳し終えた時ね。あの時は夫と二人で一週間カナリア諸島に何もかも忘れて行きました。」(注:マリリン・モンローの生涯をオーツがフィクションも含め描いた超大作。邦訳では上下巻合わせ1300ページに及ぶ)

通常は翻訳は仕事場から自宅へ、そして夏はサマーコテージへと常について回る。「若い頃は早朝5時頃に起きて、家族が起きる前に二、三時間ほど翻訳をしましたね。日が長いから光は十分有るし。」現在は一番下の息子が高校生になり、楽になってきました。ナボコフの翻訳では春にコネ社財団のレジデンスで二ヶ月スペースを借りて打ち込む事ができました。」

訳者の性格によっても訳すという事に対する違いが表れる。
リンドホルムがピンチョンの翻訳で日に多くとも二頁分をもう修正を入れない最終の訳として翻訳したと言えば、ドレウズは五〜十頁の「下訳」をまずするのだという。彼女はそれを再び訳し直し、何度も修正しながら最後まで文章を磨き上げようとする。「どこまでいっても修正が終わらないように感じる」のだという。

ナバコフの作品では特にそうだった。原文が常に語りかけ、ドレウズは度々もう訳し終えた部分に戻り修正しなくてはならなかった。

彼女の場合は原書の他言語の翻訳書も参照する。「内容の理解に役立つんですよ。勿論、翻訳の解決には結びつきませんけれど。」

リンドホルムの場合はほかの訳者の作品はまったく手を触れない。「性格でしょうね。読んで影響を受けるのが怖いんですよ。」

ピンチョンの場合は、おそらくその可能性は低かったろう。この作品の他言語への翻訳書自体が少ないからだ。

文学の翻訳というのは特殊な職業だ。共通の学位があるわけではなく、翻訳者の経歴も様々だ。ドレウズは英語と文学を専攻した。リンドホルムは文学を専攻したが言語は(高等教育で)学んでいない。

翻訳家ヤーナ・カパリーヤッタ(注:ハリー・ポッターのフィンランド語訳を成し遂げ、翻訳賞もフィンランドで受賞した)のように一族に翻訳家がいて、という場合もあるが、通訳、ジャーナリスト、法律家、作家、教師が翻訳をしている場合も多い。

「役人のように譲らず、揺るがない経営者である必要が有りますね、報酬でおいそれとは譲らないが、締め切りは守る人。」とドレウズは考える。「同時にしっかりと芸術家でなければね。」

なぜなら文学の翻訳は創造、つまり作家の言葉の新たな解釈を試みる、ということであるからだ。
翻訳家以上に重要な読者は存在しない。訳者の置き換えた言語で、その作家が、対象言語ができたならきっと同じ言葉を選んだであろうと思えるものでなくてはならない。

さらにそのスタイルはその訳者らしさが必然だ。なぜなら翻訳に必要なのはその書籍が書かれた言語の能力ではなく、翻訳後の言語をいかに自由に使いこなせるかの能力がものを言うからだ。

名人並みの言語の意識がなければ、『冷たい炎』ほどの詩学に近い長さを持つ詩をフィンランド語に訳し、長さこそ違え、同じ雰囲気を醸し出させる事は難しい。フィンランド語では英語とはかかる音節やその長さが異なるからだ。

またこの母国語の能力がなければ、リンドホルムが『重力の虹』でやってのけたように言葉遊びを言語から言語へと変換する事はできない。たとえばyou, never, did, the, Kenosha と kid を、 リンドホルムは voi, ei, jää, yksin そして tein としてみせ、言葉の列に全く違う意味を持たせた。中身は全く違うが、目的は同じでその言葉が与える影響は無理なくストーリーに馴染む。

「言ってみれば不可能な話なんですよ。誰かが何かを書いて、もう一人がそれをもう一回書くようなものです。それでも違う国に住む読者たちがあたかも一冊のまったく同じ作品しかないようにその事を話し合っているようなものなんですから」とドリューズは表現する。

専業で書籍翻訳をやっているのはフィンランドではおよそ二百名程度だろう、と二人は言う。

二人は既に経験豊かな年長の翻訳者たちであり、成功もしている。二人とも翻訳作品を認められ、国から賞を受け、助成金も得ている。

ただ、フィンランドで文学作品のみを翻訳してやっていけるケースは少ないだろう。ドレウズは「多くの翻訳者が複数言語から翻訳をしています。なぜなら英語以外の言語でそこまで需要がないからです。」と指摘する。

また二十年前にくらべて海外作品の翻訳が売れない、または出版しにくいという現在の事情もある。

「多くの翻訳者が転職しています。」と言うリンドホルムが憂えるのは「現在は若くて未経験な翻訳者がもっと待遇のいい仕事に転職できるまでの間、翻訳を安く請け負うという状態です」。リンドホルムにとっては、これは遠からず翻訳の質を落とす負のスパイラルになるだろうという。

ドレウズはもう少し楽観的だ。「翻訳とは訳すことで常に学んで行く仕事です。私たちより若い40代の訳者達は非常に実際的に取り組んでいます。結束も有るし、その為の組織も、そして自主的な勉強といった動きも活発です。」

だからこそ、あらたな大作の翻訳にも希望がある。

もし選べるのであれば何を訳したいか?という質問に、ドレウズは現在取り組んでいるのがマーガレット・アトウッドの『マッドアダム』を、そしてリンドホルムはイアン・マキューアンの今年九月に出版されたばかりの『The Children Act』に取り組んでいる所だという。両方とも来年フィンランド語版が出版予定だ。

ドレウズは「スコットランドのアリ・スミスは大好きな作家の一人です。もっとフィンランド語に訳したいと願っています。」リンドホルムは古典を選んだ。「ウィリアム・フォークナーとポール・ボウルズですかね。」


ユハニ・リンドホルム
1951年生まれ、翻訳家
1982年から翻訳を生業とする。英語からの翻訳は百作品余り。スウェーデン語からの翻訳は数冊
散文に加えノン・フィクション、詩などを翻訳。
J.A.ホッロ賞受賞(通訳翻訳家協会のノンフィクション翻訳作品に与えられる賞)と国からの文学に関わる賞を2009年受賞
既婚、娘二人。

クリスティーナ・ドレウズ
1952年生、翻訳家
1979年から翻訳を生業とする。散文翻訳が60作品余り。
演劇やミュージカルもユッカ・ヴィルタネンとともに翻訳している。

フィンランド翻訳家通訳協会役員会メンバー(1990〜2006年)
国家文学委員会の一員(2007〜2012年)
国からの翻訳家賞1989年、ミカエル・アグリコラ賞1998年
既婚、男児四人。

(終)

以上です。
読んでいて改めて翻訳には幅広い、深い教養が不可欠だと感じ入りました。たった一冊をしかももう一人の方と共同で訳しただけの私はとやかく言える立場ではなく、それ以前に教養の蓄積がまったく足りないというのも改めて実感しました。だらだらしていないでもっといいものをたくさん読むべきですね。
とは言っても、これも教養を取り入れる一手段である新聞も二紙取っているのでどんどん積み重なって行き、さばくのに苦労しております。

これも一頁ちょっとの記事ですが訳すのに1時間半掛かったような、、、
荒く訳しておりますので、日を見て必要な所に修正を入れさせて頂こうと思います、あしからず。

ピンチョン作品は邦訳で読んでみたいですね、ぜひ。日本でも今年秋に出た所ですから。
英語ではとても読む素養がございません。 フィンランド語でもどうかなぁ、、フィンランド人記者が書評を書くのにネットにあるピンチョンコミュニティの話やキーワードを見ながら読んだと書いてあったのですが(本人もこれは邪道だと認めつつ)、ううむ。それだけ難しいということでもありますね。

読んでやったよ、
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by wa-connection | 2014-11-19 07:08 | finland in general