フィンランドで開業している私達のビジネス、ライフ・スタイル ブログです。 This is about our business and life in Pori, Finland.


by wa-connection

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(画像は個人特定をできるだけ避けるため解像度を多少下げてあります)

8月に、これまた家族に迷惑かけたのですが、Suomi Instituutti、フィンランドセンター及び様々な関連組織、担当者の方々のご協力の上に実現した翻訳者セミナーに参加してきました。場所はヘルシンキからまず電車で一時間のコウヴォラという町へ、そこからバスで1時間前後(参加者と喋りまくっていて正確な時間は不明)中部に近いOrilampiという宿泊施設へ到着。ほぼ南サヴォ地方のそばにある湖畔の古めかしいホテルでした。本当に素晴らしい経験だったのですが、唯一つらかったのは、費用を負担して頂いている身で言うのは心苦しいですが、(普段割と頻繁に和食系を食べている身にとっては)毎日三食フィンランド料理だった事でしょうか。しかも三日でローテーション。悪くないお料理でしたが。あ、しっかり頂きました!

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(ここで一週間近く缶詰め)
さて、これは昨年福井県にて実施された同様のセミナーの逆バージョンだそうで、去年は日本語からフィンランド語に訳す翻訳者達を集めて実施、今年はフィンランド語から日本語への訳者を集めるという趣向でした。

年末にお声がかかり、多分この人たちが来るんだろうなと思っていた方々がやはり参加されていて、今まで憧れていた出版翻訳者、フィンランド関連でいえばまず名前があがる人たちが目の前にいて喋っていて、私も力不足ながら(頭数合わせ的なラッキーで選ばれた立場ですが)同じテーブルに着くことができ、本当に光栄でした。
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以前共訳を出したときご一緒した方が男性なのですがご多忙の為参加ならず、残りは全て女性という構成。この業界確かに女性の割合高いですね。フィンランド側で一人男性がいらっしゃいましたが、通常サウナの順番は数が多い方がやはりいい時間を貰えるので女性が少ないと男性陣が2時間ぐらいサウナに入ってたりするんですけど、今回ばかりは男性の彼は私たちの前か後に可哀想に一人で入るというめぐり合わせ。その分我々女性陣、満喫させて頂きました。夕日の写真はサウナ後泳いだ時のもの。毎晩風景も風の音も国立公園の近くでしたし最高でしたね・・・

参加者の内訳もさまざまで、出版翻訳者、コーディネータ、ライター、ムーミン研究家、通訳兼公認翻訳者(日本語にする方)、フィンランド語の教科書執筆、そしてフィンランドで使われている教科書を日本語に訳した人達、映画字幕を付けた人、大学の講師、建築家、大学院生、公務員と様々な職業の人が集まっていて日中のみならず毎晩の雑談が面白いのなんの。殆どの人がフィンランド大学院終了か留学した人たちじゃなかったかなと思います。

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フィンランドサイドからは私やほかの多くの人がこれまでに教わったことがある先生で、日本在住のライヤ先生、ヘルシンキ大学の日本語学科の講師、公認翻訳者(フィンランド語にする方)、日本語学科の学生、そして私の尊敬する翻訳者クリスティーナ・ドレウズ女史(Christina Drews)。(英語からフィンランド語)彼女は翻訳者協会の会長を務めたこともあります。以前フィンランドのベテラン翻訳者の記事について訳したことがありますが、まさにそこで取材されていたナバコフの超大作を訳した人です。最近の作品はフォークナーだそう。記事での訳者もう一人がピンチョン超大作を訳したユハニさん。
その時のブログ記事はこちら

事前に二冊のフィンランド語小説の課題を貰い、("RAMBO" by Nadja Sumanen, "Mielensäpahoittaja" by Tuomas Kyrö)その本を読み、該当箇所(数ページ~一章近い量)を訳し、事前にファシリテーター役である方に送付し、開始時に配布してもらい各自皆の訳を読み込みました。
十名いれば本当に十通りの訳があるものです。皆それぞれ違っていて、普段同じものを誰かと同時に訳して比較するという経験はないため、非常に参考かつ勉強になりました。
お互いのミスを指摘するのではなく、どうしてこう思うか、こだわりはあったのか、別の訳し方はあるか、色々四日間に渡って話し合いました。フィンランド語教えている人たちは「ここは仮定法だから、こちらは条件節でこうなる」とか文法的な事をきちっと考えつつ訳していてフィーリングでやっている私と雲泥の差。個々のバックグラウンドが本当に出てきますね。そして本当に脱帽だったのが、日本在住の方が過半数だったのですが、フィンランド語のレベルを日本でも維持されている事。私なんてこっちに住んでいて24時間フィンランド語の環境でほっておいても耳に入ってくる環境ですが、日本ではそうはいきません。並々ならぬ努力の賜物だと思います。
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三日目には課題作品の著者二名も訪問してくれ、記念写真とサインも頂くというおまけ付き。訳したのは一部とはいえ流し読みではなく(何度も読んで悩んで文字にもう一度生み出した程)読み込んだ本ですから、それらの作者に会えるのは感激でしたよ。みんなでサイン貰いに並びました。
そして内容についてどうしてこう書かれたのかなどの質問をすることもできました。

実はこれまでこんな体験、無かったなと改めて感慨深かったのですが、一度に十名(+4名がそしてフィンランド人側も英フィン翻訳者のクリスティーナを除き全て日本語を自在に操る)もの日本語もフィンランド語も深く分かる人たちと、しかも大好きな読書、書籍に関するトピックで何日も同じ場に会したというのはものすごく濃密な空間でしたし、幸せでした。
普段はお客さんとご一緒していてもフィンランド語などご存知ない方々が殆どなわけですから。しかも両方の言語がわかり、殆ど皆がフィンランド在住経験、留学経験または日本在住、留学、就労経験があり、いろんな仕事上の悩みも同じものや目新しいものをシェアしてもらったりと一生忘れられない経験になりました。(小さいころ本屋さんも夢の職業だった位ですので)やはり一生言葉に関わる仕事を続けていこうと固く心に決めました。

遅くなりましたが、この場を借りて実現に力を尽くしてくださった方々にお礼申し上げます。

さらに4日目には福井のセミナーに参加したフィンランド語訳者4名も参加してくれ、彼らの講話を聴くこともできました。
現代詩や漫画の訳者(この詩人はフィンランドでも今年朗読をされてます)、村上春樹&平出隆作品の訳者、ドラゴンボール&ワンピース、銀牙、と数々の漫画をフィンランドに紹介してきた訳者、一冊出して次がまだ決まっていないからと芥川龍之介の『歯車』を自分で訳してしまった若い男性も。『歯車』は遺作で、死ぬ前の色々な心の闇があちこちに垣間見える作品です。火事、事故、様々な色彩を不吉にとらえ、暗示を行く先々で見つけ、、その晩に青空文庫で読んだのですが、私こんな作品訳したら発狂すると思います。
これら四名の翻訳、それに関するこだわりと作品に対する熱い思いは、自分のいい加減な姿勢を反省し、襟を正させるに十分なものがあり、圧倒されました。

私はこれまで数冊のインテリアムック、一冊の共著、一冊の共訳、数々の埋め草記事で収入の足しにしてきたわけですが、翻訳を一生の仕事として取り組んでいこうとまで肝が据わっている訳ではありません。
最近は通訳も割合が多く、出版翻訳、出版自体の報酬の時間給計算などすると、なかなか腰を上げられないのも事実です。
ただ今後数十年まだ仕事を続けていく上でフィンランドの書籍、文学で日本の読者に紹介したいなと思うものにはこれまでも遭遇していまして、様々なところに紹介はしてきましたが玉砕しています。
いいタイミングでいい版元さんと出会っていない、景気もあるかもしれませんけれども(私のリーディング資料が悪いのも理由かも…)いくつかの要素がうまく回っていない時期であったかなとも思います。

心に温めている作品達は版権は確保できる状態ですし、本は逃げないで待っていてくれるのでまたタイミングを見て再度提案も考えています。

さて、最終日はヘルシンキにて、大手出版社Tammiを訪問。
私が共訳したトーベ・ヤンソン評伝もここが版元です。

出版社直営書店もありテンションが上がる。欲しい本がたくさんあちこちに。うわ~と頭に血が上る感覚です。参加者達も私以上にそわそわしてああでもないこうでもない、と物色・購入していました。
そして福井セミナー参加者の一人で漫画翻訳者かつTammi社員であるAnttiさんが版権担当者、その上司に会わせてくれました。
地下の会議室につながる廊下にはタンミ社の長い歴史を語る、歴代お抱え小説家の肖像画が数々地下に並んでいます。
オラヴィ・パーヴォライネンもありました、、、。
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事業紹介を受け、意見交換し、各フロアを見せてもらい、ファンが作ったものが商業ベースとして製品化されたという『銀牙伝説WEED』のぬいぐるみ達が到着したばかりだったそうでそれも見せて頂く。従業員休憩スペースにならんでいました。

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Tammi社は児童文学でも長い歴史があり、各編集者の部屋は関連資料が積み上がり、まるで宝箱。
業界的には大変そうですけど楽しそうな仕事だなと思ったのを覚えています。

セミナーが終了し、一週間近く一緒だった人たちと別れる時はなんだか本当に心が空っぽになりました。
ですが、これをきっかけに多くの人と新たな繋がりができたのは一番の財産だと考えています。大事にしていきたい関係です。
実際にセミナー後も、そのうちの何人かとはヘルシンキで再会を果たすこともできました。何らかの形で協力することができるかもしれないというお話も出てきて、やはり人と人のつながりでこの世は成り立っているんだなと思わされるきっかけとなりました。

一つ一つを大事にしていきたいと思います。

この一週間を男三人で過ごしてくれた家族にはいくらしても感謝しきれません。。。

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by wa-connection | 2016-09-11 19:55 | work

夏の仕事を振り返る。

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お久しぶりです。
(先週位に一度アップしたのですが修正、再掲です)

前回書いた記事から2か月近くたってしまいました。
夏を楽しみつつ仕事もして、あっという間に子どもたちの2か月半の夏休みも終わり
忙しい日常が帰ってきたといったところでしょうか。

夏の仕事でもいろいろ興味深い場所に行くことができました。

来年埼玉県の飯能市にムーミンワールドが完成見込みで、市の方々とムーミンワールドを視察したり、南部フィンランドでネウヴォラ視察にて通訳をしたり、またしてもオルキルオト原発にて低中レベル最終処分場を視察通訳したり、ユネスコ世界遺産であるスオメンリンナ島(要塞ですね)の開放刑務所へ視察通訳に同行したり(これはフィンランド語ででした)、カタヤノッカにある元刑務所をリノベーションした刑務所ホテル(もうオープンから10年近いんですね~)でも関連して通訳をしたり。

アールト夫妻設計に大作、マイレア邸でも建築家の方とご家族(奥様はインテリアデザイナーでAlvarとAinoみたいですね、娘さんも賢くて可愛かった…)に通訳しましたっけ。
8月末はヘルシンキにて国会議事堂にも通訳で。正直緊張しましたが、工事中の国会議事堂の代わりにシベリウスアカデミー(高校)も見ることができてよかったです。国会議事堂は来年の独立100周年に合わせ改装も完成する予定です。
その翌週月曜はSTUK(放射性安全センター、フィンランドの規制委に当たる組織)に行ってチェルノブイリ原発事故関連の調査で北欧を訪問されているグループに通訳。こっちは日英でした。

こうしてみてるとこの3か月通訳が多いですね、翻訳も継続してやっていますけども。
あと弊社を通訳では原発関連専門と思ってらっしゃるお客様もおいでですが、いやもうそれは幅広くやらせて頂いております。
先週は技術関連分野に伺いましたし。

通訳だけではなくてビジネス・マッチング、つまりは会社同士、人同士をつなげるお仕事もご依頼頂いています。(NDAにサインする物が多く書けないケースが殆どですけれど)翻訳やガイド、こうしたマッチング、コンサルティングの方は弊社のパートナー、夫が主に担当しています。夫は何年もヘルシンキにも住んでいましたし私よりは地理感覚もありますし、歴史にも詳しいですしね(汗)なによりフィンランド人が日本語を話すので、現地在住日本人の私がやるより、お客様が喜んで下さる事が多いように思います。夫にガイドを依頼されたお客様は(8月にも昔からのお知り合いに三日間ヘルシンキで同行していましたが)もれなくフィンランドの歴史から文化、食、に関して買い物や観光の合間にレクチャーされる羽目になります。

そして来週末はいよいよ一年前から書いてきたストックホルムでのハーフマラソンです(こんだけ喋ってて完走できなかったら恥ずかしいですが…)。あっという間に一年経ってしまいました。
今年もあと4か月半ですもんね。

さぁどうなることでしょう。
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by wa-connection | 2016-09-11 19:11 | work