フィンランドで開業している私達のビジネス、ライフ・スタイル ブログです。 This is about our business and life in Pori, Finland.


by wa-connection

2015年の抱負

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あけましておめでとうございます。

皆様にもどうか良い一年でありますように。

さて我が家は大晦日に友人家族にお呼ばれして丑三つ時帰還、
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(夜中1時ごろに出されたデザート)完食しました。

そして昨日元旦に日本人のお客様と大慌てで作ったお節もどきを囲んでにぎやかに楽しく過ごしました。
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こちらは昨日お出ししたティラミスとモカ・クリームのクッキーとジンジャーブレッド。

二日間、締切の仕事を寝かせましたよ、はい。今日締切なのでこれから頑張ります。

昨年を振り返ると仕事上でのいろいろなチャンスを頂きましたが、それを生かし切れているかというとまだ疑問があるところです。
いかんせん二人で営業していること、子供たちを最優先していること、夫の両親も他界し祖父母などの手を借りることができないこともあり、お仕事がお受けできない事もあります。
ただ夫も自営業の家系で育ち中小企業経営してきているので(実家が車のディーラー)理解があり、私が数日お客様と移動している間、家を守り料理を作り、子らの宿題やテスト勉強を見て習い事の送迎、音楽の宿題、学校との連絡もしてくれ、おかげで私も何度か家を空けて飛び回ることができました。
シングル親家庭だったらばこうした何日も留守にするお仕事は難しかったと思います。

私たちの業務では通訳、翻訳、執筆(少し撮影も)、コーディネートに加え、こちらでは日本関連のトピックの講師、市場の調査やコンサルティングといったいわゆるつなぎ役もしています。今後このコンサルティングの方で拡張していきたいと思いつつ頂く目の前の仕事に追われ(ありがたい事です)目立った行動を起こせずにいたのが昨年の反省です。
そういえばお料理教室や家庭で作るお寿司教室なんかも年2,3回やってますね、、、
万屋状態です。顧客に満足してもらうのが仕事ですからできることであれば何でもやるのは信条ですが。

原発関連の通訳も5年以上経ち、フィンランド語と英語で毎年新しい分野が(原子力発電は工学のデパートですね)目の前に現れ、化学や物理やシーケンスモデルといった用語に四苦八苦していますが、フィンランド側、スウェーデン側の原発担当者にもすごくいいじゃない、この道の北欧のベストだね、と言ってもらえたりもしましたが、まだまだなのは自覚していますし、私より上手な方がいるのも分かっています。
(ドイツ在住の方で工学分野にとても慣れているという方の話を先日聞きましたしね)

翻訳や通訳、執筆はいってみれば足し算の仕事ですよね、手作業、または口でやる集中力など肉体労働的要素を持っています。そして結果の範囲も想定できます。
比較ですが、研究開発で生まれる特許を取ってライセンス許諾をする、ということになれば市場可能性は数倍、数十倍で利益確保も一回限りではなく継続的なものが望めます。
いやもちろん文筆業でもスター作家なら桁は違いますが、自分ではその方向は考えておりませんし、初版から版を重ねるヒット作を翻訳するケースも稀ですし、ベストセラーの物語を紡ぎだす才能もありませんからね。(笑)

また、先日フィンランド在住一年目から45年以上のさまざまな方とお会いする機会がありました。
来週在フィンランド丸14年を迎えるのですが、果たしてこのままでいいのか(現状維持だけじゃいけません)まだ若い皆さんに私から何かできるのだろうかか、考えてしまいました。
老後も考えてしまいました、はい。

私もこれまで様々な先輩たちから手を差し伸べていただき、小さいながら様々なステップを経てきました。
先輩たちには本当に感謝しています。

そして、なかなか住み分けも気を遣う処です。昨年も同業者・友人との現場での”ばったり”があって「ああ、来てたんだね」、と互いに苦笑い。私もヘルシンキで仕事の時は多少気を使います。(多少なのが図太くなった証拠)
できれば、同業者や在住者同士で仕事を奪い合うのではなく、相乗効果で増やしていきたいと考えますし、
さらにフィンランドへの興味を呼び起こし、旅行者を増やし、投資を増やしてもらえるような情報やニュースの提供をしていきたいと思っています。提供だけでなくがっちりとそのプロジェクトの懐に食い込んでいきたい、と考えています。
ですから、ただこれをやりました、頑張ってます!終わり、ではなく何かもう少し繋げたい、広げたいという願望が渦巻いているところなのです。

ただまだまだ15年目、私も自分の会社の事、家族の事で手いっぱいな面がぬぐえません。まだ若い方やこちらに来られて間もない方々を助けられているかというと、これがまたまったくできていません、、、。
(だめじゃん)
手は二本、足も二本、口は一つ、そして昨年末はクリスマスカードもお客様宛は省略して二年、E-cardにてご挨拶のみさせていただいただけです。

皆様に不義理の程、心苦しい限りです。
8月に偶然の出会いで知り合いになった、私よりさらに十倍お忙しい方にロンドンから心こもった手書きのカードを頂き良心の呵責が。頭が下がる思いです。
これもトーベの生誕百周年の日に美術館の講演に日本人同士でそばに居合わせた、偶然の出会いというご縁でした。

さて、まずは今日締切のお仕事から・・・←おい
結局日々の、目の前の仕事に追われている現状は変わらずなのか?
いやでもこの現状打破をしたいのです!
それに向けて頑張りますよ!

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# by wa-connection | 2015-01-02 17:26 | work
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クリスマス数日前に雪が二度ほど降りとても綺麗な景色で太陽さんが顔を出した26日お散歩&半ジョギングに繰り出しました。
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生きてて良かった!と思える清々しさ。写真は西海岸のサタクンタ地方の水辺に生えるシーバックソーンベリー。(これはこの家の人が川沿いに植えた模様)ビタミン爆弾並みのC含有量らしいです。酸っぱいのなんの。。。

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まだ散歩道も踏み荒らされる前。

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太陽さ〜ん!(本気)

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見事になったナナカマドの実、小鳥達がもうすぐ食べに来るでしょう。
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こちらはクリスマスにお墓参りに行った時に撮ったポリの墓地のチャペル。
現在は使われていませんが夫の祖父母のお葬式の頃はここで執り行われたとか。

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寒いので暖炉に薪をくべておりました。

このまま続け〜と思ったら明後日から5日ほどなんとプラス気温しかも3-5度も!雪が融けてしまうではないか!(ハラハラ)

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# by wa-connection | 2014-12-29 06:34 | life in Pori
中断していた出張編の続きです。
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さて移動日に午前が空いたのでスウェーデン人のコンサルタントの方がガイドを買って出てくれました。
ウプサラはストックホルムのアルランダ空港から急行で18分掛からないぐらいの近郊でした。
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大聖堂は二百年近くかけて建造された(1200年代半ば〜)ゴシック風建築で典型的な尖塔、ロゼッタの窓、ステンドグラスなどが多用されています。
偉人聖人王族の墓所も多数。
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ドアが気に入ったので、
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ディテールも。ドアノブ凝ってるの、好きなんです。

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グスタフ・ヴァーサと王妃達の墓所が正面奥にあります。

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唐草模様に分類されるのでせうか、美しいです。保存も大変でしょうな。。。

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グスタフ・ヴァーサ王の棺下部にあるフィンランドにも関わる紋章。
この墓所の下に私の住むポリの街を起こしたカール・ヨハン三世の墓所もあります。彼はフィンランド公としてTurku(トゥルク)城を建て居住しており、ポリを開いたのが450年ほど前。
当時ハンザ同盟で貿易で栄えたウルヴィラ(Ulvila)の街から交易の中心を隣のポリに移したんですねー。
貿易品はこの辺で獲れる鮭やSiikaというホワイトフィッシュなど。代わりに香辛料や最先端の流行のものが中央ヨーロッパからもたらされました。

他の墓所にはヴァーサの隣に聖人エリックの遺骨(これを目当てにお参りする人が多かったとか)、近代分類学の父リンネが埋葬されているものが。

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この近辺はウプサラ大学の各学部棟も。これは何学部か見る時間なく移動。


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可愛らしいアマリリスとネコヤナギの飾りは教会そばのゲストハウス、アンナというところの玄関前にありました。
次はウプサラ城です。

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# by wa-connection | 2014-12-26 23:34 | work
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毎年非常に多くの家庭で見られていると思われる番組がこれ。
Joulurauhan Julistus(クリスマス平和宣言)

平和と言っても、これは皆で普段の忙しさから一歩離れて、クリスマスの意味を考え(キリスト教国だなぁ)、静かに大切な人たちと過ごそう、ということですね。

もともとは本当に平和宣言だったんですよ。北欧で一般的だったようですが、どこもお休みで普段のような仕事がないとなるとお酒やらなんやらでろくなことを考えない人が増えるのはいっしょなんですかねぇ。ということで、クリスマスイブからクリスマスが正式に終わるLoppiainen公現祭を一週間ほど過ぎた約20日間は戦争をやっていても休戦しよう、とかまた上に書いたような付近の治安が荒れそうであれば「この平和を破るものに対しては罰をもっと厳しくするので行いを正しくするように」といったようなことを王または権力者が宣言していたものが始まりです。

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現在は写真のように主にスウェーデンの影響が強かった西海岸の歴史ある街で開催されています。
もともとTurkuだけだったようですが。

いやぁ、まじめに訳しつつ聞いたことがなかったけれどキビいことを言っているなぁと前から思っていたのですが、改めて文言を読んで驚きました。中世そのものではないですか。

多くのフィンランドの人が古都トゥルクのものを生放送でテレビまたはラジオ(テレビがない時代はラジオで聞くのが一般的だったので)で聞きますが、自分の町の市長、町長が宣言するのを聞きに行く人ももちろんいます。私はちなみに、ポリで聞いたことはまだないです。


さて一年で一番注目を集めるこの人、トゥルク市の儀典長とでも訳せばいいでしょうか、Protokolla Päällikköが毎年クリスマスの宣言時に羊皮紙を手に持ち、高らかにまずはフィンランド語で、"Huomenna, jos Jumala suo, on meidän Herramme ja Vapahtajamme armorikas syntymäjuhla;... "と続きます。

これは毎年新聞でも担当者のインタビューやスウェーデン語のレッスンをこのために受けるだとか(古いスウェーデン語なので)いうエピソードが取材されたりしています。私がフィンランドに来た頃は前任者でしたが、数年前今の担当者に代替わり。
ご興味がおありの方にはこのリンクからYLE国営放送のアーカイブに飛び、原文を読むことができます。
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テレビ画像を撮ったもので画質が荒いですが、フィンランド語はこんな感じ。

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こちらが”I morgon, vill Gud,
infaller vår Herres och Frälsares nåderika födelsefest...”で始まるスウェーデン語版。

そのあと海軍船団吹奏楽団がお決まりの曲を演奏。
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国歌”Maamme”「我が国」斉唱、
そして"PorilaistenMarssi"「ポリの人々の行進」が演奏され終了。

30分程度なのですが、見ないと落ち着かない。
おととし日本に行った時もネット中継で妹宅で見せてもらいました。


このあと家族でサウナに入り、乾燥した白樺の枝を水につけて戻し(夏は青々とした枝がありますが、冬はないですから、作って乾燥させておいたものを売ってるわけです)サウナの中でビシバシ叩き合ってすっきりきれいになったなと上がった後に、クリスマスの食卓の準備が始まります。

また無事に気温も下がり雪もどっさり(20cmぐらいで嬉しい)降ってホワイトクリスマスと相成りました。家族で夕食後お散歩に行った時の風景です。
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# by wa-connection | 2014-12-26 04:31 | finland in general
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町の中心部にある市場のツリー。クリスマス週に雪が積もってやっと辺り(視界)が雪あかりといいますか、明るくなりました!良かった〜。

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義弟のとこのラブラドールと一緒に親戚の森にトウヒを切り出しに21日8名で繰り出しました。
写真は雪に埋もれているコケモモ(リンゴンべりー)。
フィンランドではだいたい自宅でのツリーの飾り付けはぎりぎりクリスマス・イブだったりします。
公共の場所には一回目の待降節辺りから登場しますが日本のように11月からイルミネーションということはさすがにないです。、、、ないと思います。

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ヘザーも綺麗です。

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これという木に目をつけて二本切り出し。更に家庭の置く場所の天井の高さに合わせて根元をノコギリで切り落とします。

ツリー市場で売られているのは植林されて10年ちょっとのものでこれより枝ぶりも生い茂ったいい感じのものですが、まぁ天然には天然のよさがあると思います。

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リンゴンベリーもう一枚。森の中は綺麗なものがたくさんで、久しぶりに一眼レフ持って行って良かった・・・。

さて、週末に聖トゥオマスの市場があってそこでドアに飾るリースを買い求めました。色々あって迷ったけど↓これ
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そして生地を手作りして(子供達ろ夫)置いて寝かせて翌日にジンジャーブレッド型抜き。



その翌日にシュガーコーティングを子供達が(前半やって力尽きたところで夫が残りの仕上げ。)私は三週間ぶりに剣道稽古納めに行かせて貰いました。


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こんな感じに23日の夕方には出来上がってましたよ。
これだけあるので毎日少しずつ食べます。(カロリー過多)

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# by wa-connection | 2014-12-26 04:02 | finland in general
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今日から6日間の行程開始です。
写真はストックホルムのアルランダ空港。去年もクリスマス・デコレーションをここで撮った気がしますが。
11月末の最初のアドヴェントの時期だったと思います。

夜ポリの空港を出て(フライト30分遅延・・・)お客様たちとはストックホルム空港で合流できず、先に行っていただき後でホテルにて合流。
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こういうトンネルをずーっと降りて電車に。
空港から直結の電車で18分、とっても分かり易いです。
すぐに歴史ある街、ウプサラに到着しました。22時前ですぐチェックイン。

23時で閉まるので30分だけホテルのジムで溜まりにたまった脂肪の1%ぐらい燃焼。いや30分だから燃焼できてないですね、、
体重が恐ろしいことになっております。風邪を3週間の間に2回引いたので、、

では短くて申し訳ありませんが、明日から頑張って参ります。

うまくいきますように。
学校最後の週で子供たちも保護者が参加する発表会のようなクリスマス会だのあるのですが両方行けない気がして罪悪感です。(一人で全部やる夫にも悪いなぁ)

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# by wa-connection | 2014-12-15 08:03 | work
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ヘルシンキに一泊して参りました。
先週は在外投票で日帰りしたんですけどね、7時間滞在で走り回って格安バスで往復7時間を19ユーロは嬉しいんですが帰りは激混みで席から立てず風邪引いたりしたので今回は電車で。
おなじみ国鉄の中央駅にてランプを持つおじさん達です。

今日は忘年会で。

合間に子供たちのクリスマスプレゼントをまだ探し回り包装してもらい二時間経過、、

でも、予定以外で一番嬉しかったのは今一番アツいWeJazzフェスを少しでも体験出来たことでした。
WeJazzサイトはこちら(リンクは今年のプログラムに行きます)
http://wejazz.fi/2014

昨年始まったばかりのジャズフェスティバルで、それまでヘルシンキではジャズイベントは無かったのですが(もちろんジャズクラブはありますしライブもしょっちゅうありますよ)、昨年衝撃的なスタートを切りました。
様々な面白い試みをしています。
例えば昨年は演奏者も聴衆も照明なしの真っ暗な中でアレクサンテリ劇場でライブをやったり。聴覚で最大限楽しめたのではないでしょうか。(この時はOraviLouhivuoriらが演奏)
今年も今週毎日様々なライブをやっていました。
あ〜去年ポリと他の街に居て参加出来ないのを歯ぎしりして悔しがっていましたっけ。なんでヘルシンキばっかりと思ったものです。

でもちょうどヘルシンキに来たし手ぶらでは帰らないぞと思ってプログラムを物色したところピッタリなのがありました。
今回なんと若手Mopoというトリオが24時間ぶっ続けライブを。

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毎時間ごとヘルシンキ市内の場所を移動しつつ30分程度のライブをし、また次の場所に移動というのを24時間ですよ!朝4時にABCスーパーでライブて聴く人いたのだろうか、、、!?
若いなぁ。。。
私は夕方4時の五回目のライブを中心地Kamppiバスセンターにて。
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かっこ良かったです。最近のジャズラジオ番組でもかなり褒められていたんですけどね。ちょっとパンク入ったジャズかな。BBCやアメリカのダウンビート誌でも名前が載ったようですよ!

サックスのリンダはバリトンとアルトを持ち替えていましたが細いのにすごい肺活量でビートの効いた演奏をしてくれました。長男に聴かせたかったです。

夜のジャムセッションはKallioの方であってベテランEeroKoivistoinenらが気炎上げてたようですが、、行きたかったけど仕事がたくさん溜まってまして諦めました。

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土曜朝ごはん奮発してEkbergに行って来ました。クリスマスのお米のミルク粥にシナモンと砂糖とミルク少々かけて(プルーンのソースは無かった)美味しいなぁと食べている自分が10年前は考えられ無かったです。
米にミルクなんて!甘くするなんて!
と思っておりましたが保育所のイベントで上手な調理師さん達の大鍋のお粥でしっかり好きになりました。

帰りの電車でも20代とおぼしき男子学生達に囲まれ(格好良かったけど話が賑やかすぎて幻滅したというか全然嬉しく無かったというか、、。唯一隣に座った子が静かにテスト勉強だかテキストを読んでいて助かりました)ひたすら資料読み。
まだ終わらん。ああどうしよう。

明日出発なので朝荷造りしなくては。
Vantaa経由ではなく地元Pori空港からストックホルム直行です。

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# by wa-connection | 2014-12-14 07:35
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実は9月末にディスプレイがご臨終になった我がVAIO Duo11。
今となってはSonyはpc部門売却しちゃってるし私はラスト・モヒカンな時期にこれを買っちゃった訳ですが(2013年夏ね)。

9月末のふつーの朝。
pcを起動させるボタンを押す。
本体ランプ点灯して動くが真っ暗。
カーソルもなんも見えない。
一回近所で見せて原因はインバータじゃないかと。
ただしソニー北欧は日本で買ったpcは修理は受けてくれないと。
サードパーティに各所連絡して泣きついてみるもどこも部品がねぇ、と口を濁す。
国内ではベーシックサポート三年間付けてたんですけどね、海外はそのままだと保証外だったですよ。
あと日本ならさまざまな修理屋さんがあるんですよね。

原因はその時期にはないけど、実は買って2か月のころ床に落として起動ボタン近くに傷がついております。その直後は立ち上がらなかったけど、生き返ったのでした。それで一年弱もっていたのですが、、、
(←おい)

そこで夫に何とかしろとせっつかれ、ソニーヨーロッパのカスタマーサポートに電話。
その前にグローバルサポートサービスに加入。(加入自体は無料)

まずこれがベルギーの電話番号で始業時間になっても留守電。。。
なんらかのトラブルで数時間遅れたらしい。
幸先悪いね、、
次の日やっとつながる。
出て来たのが英語達者なモハンメッド君(仮名:20代と思われる)。
何が面倒って住所(しかもフィンランドの)をアルファベット1文字ずつ伝えること。電話番号もね。まずはユーザ登録ってことで。
たとえばi for India, a for alpha, r for Romeo,と一文字ずつやっていくわけですよ。
フィンランド語でもこれ当てはめられる単語が全部決まっていて(2,3バージョンある)
慣れるまで面倒だったんですけどね。個人情報だけで5分ぐらい喋りましたよ。
さらに製品番号と製造番号と。泣けた。

ちなみにIBMやソニーでも独自の呼び方がありました。

そのあと再度症状説明。
落下の件も潔く白状。
pcは開くのでヒンジがロックされたわけじゃない、本体たちあがるし、タッチスクリーンは生きてるがディスプレイに映し出されない、エクスターナルディスプレイ繋いでると。

OK,ヒンジが壊れて動かないんだね?とモハンメッド。

ちゃうわ!今言ったやん!

これを繰り返し、画像をメールで送信することに。私のアドレスを伝え今日送るから、折り返し5MB超えない添付画像でpcの外見を送ってくれと。

メール来ない。

3日目剣道の稽古終わった時に番号不明先から電話。
「なんで返事くれないの?」

メール来てないわ!

確認したら私の@の伝え方が悪かった模様。at でいいのにatmarkと言ったもんだからドメイン部分にmarkも入れてたらしい。情けない、、、
やり直して今度はメール届き、画像付けて返信。

もう10/4ぐらいでしたかね、この頃。

三日間音沙汰無し。
そろそろ自腹で新品pcをフィンランドで買うか(保障しっかりつけて!)とサイトで色々物色していたころモハンメッドから電話が。

"Mrs.Servo! 二三点確認していいですか?
もう一度PCを立ち上げてください。 (起動したよ)
画面にカーソルはありますか? (だから無いって前回も言ったよ・・・)
アシストボタンは押してみましたか?(押したけどディスプレイ映らないからアシスト押しても意味ないんだよ・・・←VAIOについてる緊急スタート用ボタンです)
「インバーターかコンデンサじゃないかと思われるんだけどね」
ここで「あ、そうなの?」ちょっと待ってねと3分ぐらい待たされる。

"OK! I've got a very good news for you! Your machine will be repaired under the warranty, which takes 2-4 weeks. Tomorrow courier will pick up your VAIO, if they don't have
Pc cardboard box, don't let it go. It'll be free of charge the whole thing. Isn't it nice?"

ほんとに?
(無料でやってくれることになったと。2-4週間かかると。クーリエがピックアップに来るから専用箱を持ってない場合は渡さないでね、持ってきたら引き渡していいよ。)
信じるよ?

そのまま雑談突入。なんでかと言うと私がカスタマーサポートセンターはベルギーの番号だがブリュッセルにあるのか?と聞いてむにゃむにゃ誤魔化された。
まぁこれはね、データセンターなどは所在地が地図に無かったり衛星画像もぼかされたりするんですけどただのカスタマーサポートセンターだぜ?いいじゃん、教えてくれても。どうせ番号ベルギーなんだしさ。
おそらくマニュアルで答えるなとかあるのかもしれないが。

いや私が聞きたかったのはその次に修理センターもベルギーなの?って聞きたかったの。
国外は普通バッテリー付きの機器は郵送出来ないからどうなのかな、というところが。
だってね、最近オルゴール付カードもフィンランドから送れないんですよ。国内はいいけど。リチウムバッテリがあって火災の危険があるということになるかららしい。バッテリを取り外しできない機器は基本無理です。

それだけで、ナンパなんかじゃないですよ!?

それを都合良く解釈したか誤魔化しに使ったかモハンメッド君「ねー僕何人だと思う?」
知らんがな!

トルコ?
ブー。

モロッコ?
ぶー。

アフガニスタン?
ぶー、より遠くなったらしい。なんでそっち?と笑われる。

というわけでトルクメニスタン?とは聞かなかった。

英語はネイティブ並みでした。
自分の英語が恥ずかしいぐらい。

お手上げで母国を聞いたらエジプトだった。ああそうだよな、歴史考えたらそこが妥当だったかもと思う。

次に「あとさ、フィンランドに住んでるんだよね?日本人で。」
そうですよ?
「何か国語できるの?」
「日本語とフィンランド語と英語」(一応、、、)

モハンメッド君「Oh! 僕はね、英語とドイツ語とアラビア語。すごいでしょ?」

・・・聞いてないよ。でもすごいね。


というか早く電話切りたいんですけど。「あとね、この間もあったと思うけどカスタマーサポートのクオリティ調査してるから協力してね!1-10まで段階があるから高くしてくれると嬉しいよ!」
私「努力するよ」
モ「ぎゃはは!ではもう今後お話することもないと思いますが、お元気で!」

最後だけ丁寧だな。
以上。

と言うわけで翌日クーリエに渡す手順のメール届き、データバックアップして準備してUPSを待つ。

夕方おじさんが集荷に。箱持って来てない。指摘すると「明日仕切り直し」とのこと。
・・・10/7日に若いお兄さんUPSの車で箱持って集荷。
タンペレから来た模様。

貰った番号からトラッキングすると、翌日にはフランスの別会社に到着。
そして金曜に次男のテニス送迎の時にまた非通知で今度はフランスから電話。

「アロー!?Servoさんですか?」フランス語訛りの英語の女性から。
あなたのpcが到着してディスプレイが直りました」
と聞こえた。
え?もう?と聞き返す。"You said that my machine is repaired already? "
そしたらイエスゆーた!
いつもらえるの?とさらに聞くと
smsかメールで連絡が行くと。

夢見心地で帰って夫に報告。
夫「・・・フランスだろ?」(猜疑心いっぱいの目つき)
私「でも直ったって言ったよ!?」
まぁ様子を見ろと言われ待つ。
一週間。

さらに待つ。

11月には出張もあったしあると助かるなーと思いつつ10月末の秋休みも何事もなくすぎる。
二週間経過。

トラッキングサイト見ると「部品待ち」のまま動かんがな。

11月。

音沙汰無し。

夫のMacPro(4年目頑張り屋さん)を借りつつiPhoneなどでしのぐ。

だんだんMacのキーボードにも慣れてしまい@を打つのに左手でキー押さえつつ、と言う癖がつく。

11月後半。
夫が「まだ?」(眉間にしわ)

余談ですが、夫の眉間の皺は色んな感情表現のバロメーターでシベリウスが交響曲作曲するたびに一本ずつ増えたのとちょい違いますが面白いのです。この場合、郵便局的カタカナの「テ」に縦棒さらに一本加わる。でも井桁にはならない程度。
ちなみに怒る場合は縦線だけ。

困ってる時は横皺がおでこ全体に5ー6本。

夫も、私がpcを占領するとドキュメンタリーなどが夜見れないし仕事もしにくい。やいやい言われてコードンという修理請負会社のメアド(これが見つけられない様に極力隠してあるとしか思えない)を見つけ問い合わせ番号と事情を話し、いつになるんだとメール送信。

あのフランスからの電話はなんだったんだ。。。

11月後半に差し掛かる。
印刷も夫の会社のプリンタや分量多いのは義弟に頼む。出張はpc無しでファイル抱えて乗り切り。

11月末。
音沙汰無し。

夫の眉間の縦及び横が3本皺になる。
「新しいpcいつ買うの?」とまで言われる。

そして12月。
部品待ちのまま。
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さらに数日。
もはや悟りの境地で放置してたトラッキングサイトを見たらば、ん?状況にぃぃ!変化がぁぁ!見られるではぁぁありませんかぁ〜!
「repair in process」
だって、修理中だよ、二ヶ月待ったよ、部品ちゃん。(具体的にどれか分からないけど)

独立記念日前のことでありました。

そして上の画像の通り、出荷されたのが週末、アルザスからケルンの集荷センター経由でフィンランド直行便かと思いきやなんとストックホルムアルランダ空港からヘルシンキはヴァンター空港へ。昨日タンペレに到着して電話貰えるのかなぁと今朝から気がかりながらあちこち出かけていたら、帰って来たタイミングでいきなりチャイムがピンポン!
連絡無しで来たよ。。。
ちなみに、集荷の時に箱忘れたおじさんだった。

でもお帰り!
実に二ヶ月ぶりの対面。
そしてハードウェアはきっちり直してくれましたが中身も綺麗に消去リセットされているので今晩いろいろ設定で終わりそうです。
プリインストールのオフィスも無いのでプロダクトIDどこに入れたか不明で困ってます。
おばかな私。

納品書にはMS製品の書類ついてないし、探すか問い合わせしなくては。

はーでもメールもやっと2ヶ月以上分をダウンロードしてスッキリです。
不自由だったなぁ。

でもありがとう、モハンメッド!
手間暇かけて手続きした甲斐がありました。4週間じゃなくて8週間だったけど!(しつこい)
でも新品買ったらまた千ユーロぐらいすぐ飛ぶからねぇ。


くだらない私事を読んでくださって有難うございました。

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# by wa-connection | 2014-12-10 15:56 | others
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今朝は早起きしてよく一緒にお仕事をしている会社のクリスマスのプーロにお呼ばれしてきました。
本当は広報の女の子が同じ町に住んでいるので朝迎えに行って道中おしゃべりしながら行くはずだったのですが、彼女熱でダウン。
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ということで去年と同じく一人でまっ暗な幹線道路を一人ドライブする事40分。
ああ色々相談したい事があったのに!まぁ、また今度、、、。

見えて参りました、ヴオヨキのマナーハウス。
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1800年代はじめ頃に鉄工所やらで大もうけしたストックホルム出身のお金持ちビュールケンヘイムが建てた邸宅です。フィンランドでももっとも美しいエンパイヤ式マナーハウスの一つであり、1500年代にすでにこの邸宅について歴史に記述があるものの、現在の姿になったのは1837年、ヘルシンキ大聖堂も手がけたドイツ人建築家エンゲルが設計したものが建設されてからです。
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ビュルケンハイム家の紋章。
ビョルケンヘイムがいたころは、敷地なんと1万5千ヘクタール、250頭の牛、130人の農夫が邸宅の使用人に加えて常時働いていました。また温室には当時おそらく世界で最北のパイナップルと桃を生産していたと言われます。(フィンランドでそんな昔にパイナップルを食べていたお金持ちがいたんですねぇ、、、しみじみ)
様々なオーナーを経て、1930年代にエウラヨキの自治体にありまして、1930年代は高齢者介護施設として使われていましたが、昔の建物なだけに寒いわすきま風は入るわ、エレベーターはないわ、でとっても住みにくかったそう。
それを2000年代になってポシヴァ社が自治体から借上げ金を一括払いして、自治体とEUの地方振興補助金などなども得て徹底的に元の姿を残しつつ改修。

何度も足を運んでいますが、デザインやアート展も横にあるギャラリーで開催されたり、コンサートも催されたりしています。
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ここから二階の広間に上がってヴオヨキ財団(マナーハウスを管理維持しています。以前テレビの撮影でもお世話になりました。無理言ったりとか無理言ったりとか、、汗)の人たちにもご挨拶しておいしいおかゆとクリスマス・パイと豚の形のケーキ(クリスマスはこちらは豚のもも肉ハムですからね、そのもじりか、、、)を頂いたんですがグロギをもらってくるのを忘れました。
そしてちょっと恥ずかしかったので写真も撮れなかったですよ。てへ。

でもって人脈も広げなくてはならないのですが、大してできませんでしたよ!いい年して情けないですが性格ですからしょうがないですかね。帰る前に別の広報の人に挨拶している時、もう一社のお世話になっているベテランの素敵な女性がうしろからわっ!と驚かせてくれて、いやいいサプライズでした。
来週後半にまたこの方とは会うかもしれないですが、担当部署が微妙に違うかな。

さてあと2時間で子ども達の迎えに行かなくては。
今日は次男のピアノのコンサート、ゴッド・ピアレンツとそこの長男も聞きにきてくれます。
夫がヘルシンキ日帰り出張なので来れないんですよね、観客が増えるとやる気になることでしょう。
持ち寄り形式でバナナケーキを焼いてほしいと次男に頼まれそれも二本焼かないと。

ではお仕事に戻ります。

へぇ、こんなマナーハウスいつか見てみたいと思って下さった方は↓
RaumaとPoriの間にあります。

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# by wa-connection | 2014-12-09 17:51 | work
実際は下手するとそうなりかねない、というところかもしれませんが、現在ヘルシンキの幾つかの美術館が改修/拡張工事中です。
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これは10月の新聞記事から読んだものですが、
現在国立美術館アテネウムは3階が改修のため閉鎖中。
ヘルシンキ市立美術館は拡張工事のため来秋まで閉鎖中。
アモス・アンダーセン美術館もラシパラッツィLasipalatsiの広場の下へ移転計画中。

でもってヘルシンキに誘致しようとしているグッゲンハイム美術館は現在建築デザインコンペのファイナリストが発表されていますが、資金確保はまだまだどうなることやら、、、の状態。

というわけでヘルシンキの美術館関係者は改めて新装オープンした後、いかに集客をするか頭をひねっているというところらしい。

そこで呼ばれたのが英国でテートやV&A美術館の救世主となったDamien Whitmore氏。
彼は現在世界の様々な美術館に対しコンサルティングで引っ張りだこだそうです。発言もかなり強気。

ヘルシンキに来た時の講演では、「美術館にとって、もっとも大切な人は誰でしょう?」
という彼の質問に対し、関係者は、、、、「キュレーター?」
ダミアンさん、眉間の皺深まる。全然求める答えと違う模様。
何度かやり取りを経て、最終的に正解が。「そう!美術館に足を運ぶ人です!」

いやぁ、こういう態度でいれば、来館者の足が遠のくのも分かりますね。エリート意識を持っていちゃだめだと。
美術館関係者の役目は、人々にアートを分かりやすく説明する事なのだから、と熱っぽく語っていた様です。

美術館がスターバックスである必要は無いが、来館者にとって、美術館に足を運んだ人が、そこに足を踏み入れて、出てくるまでに何を体験するか、それがある種「ハプニング」でなくてはならない、と言っています。

2003年に彼がヴィクトリア&アルバート美術館に赴任したときはスタッフはなんとそこで勤務している事を恥じていたとか。古くさいイメージが定着してしまい、職員も代わり映えのしない毎日に働く喜びを見いだせないでいたのでしょうね。
複数の部門で横の連携が全く機能しておらず、建物は古くさく、資金も無く、来場者からは入館料を取り、、、「信じられない」とダミアンさん。資金は他から調達するべきで、やってくる人から徴収するべきじゃない、と。

そこから数十回ものブランディング会議(V&Aというブランドを構築する為)、ワークショップを重ね、それまでの豊富な知識体験を生かす事を徹底。そして意識もV&Aが世界でもっとも重要なアートインダストリー美術館であるべきという方向に持って行ったようです。
具体的にいつ、とはあげられないそうですが最終的にはそのメッセージはスタッフ達全員に行き渡った模様。
そしてホィットモア氏が提案した最初の展示会、ヴェルサーチのファッションのポスターを見たスタッフ達は、V&Aのロゴが展示会そのものの写真より3倍も大きいのに驚いたとか。

もっとも重要なのはテーマに対するV&A美術館の「観点」であり、テーマそのもの(この場合ヴェルサーチのドレス類)ではないという事だったのです。
数十万人がそのメッセージを受け取り、理解し、マドンナがオープニングにやってきました。

「難しいのは、その後の成功の維持です」

継続して成功する為に必要なことは、展示会だけに頼っていてはだめだということです。
美術館とは、建物そのものではなく、コンテンツのプロデューサーでなくてはならないと。
展示自体は美術館の仕事の一部に過ぎないのだとか。
昨年のV&Aの「デビッド・ボウイ展」にはロンドンで30万人が来場しました。その後、各地へ巡回。

興味を持った100万人がV&A会報でその内容を読んでいます。
そしてなんと一千万人が展示内容を知ろうと美術館のサイトを訪れています。
V&Aはこの為だけに単に作品紹介にとどまらない特別コンテンツを制作したとか。


なるほどねぇ、、、

ダミアンさんはグッゲンハイムについては、現代において、奇抜な建物を建てる事で集客しようとするコンセプトがまだ有効かどうかは分からない、としています。
ヘルシンキ市民も、高いお金を(つまりは税金が大部分だろうし)つぎ込んでうまく行くかどうか分からないものに投資するより、普段よく利用する、既存の複数の図書館の所蔵書籍を補充するなり設備補修するなり、もっと良くしてほしいといった要望も昨年出ていましたね。

というわけで、現在美術館が危機というよりは、危機感を持っている、持った方がいいという事なのですが、
面白かったので取り上げました。

最後にダミアンさんからは「キアズマ美術館の名前は絶対変えた方が良い!喘息(英語でasthma)か、女性用バイアグラを思い起こさせるよ!ヘルシンキ現代美術館でいいじゃないか」とのこと。
さて、どうでしょう・・・

旅行に来られる方は、「ええ〜じゃあ行くとこがないの?」という事は有りません!
アテネウムも「シベリウス展」を10月からやっていますし(私は今月家族で行きます!)、EMMAなどもありますし、美術館だけでなく他にもデザイン・ミュージアムなどもありますし、、、、

↓...以下のリンクからフィンランドのブログランキングへ是非どうぞ!

個人的に一番文章がお上手だなと思うのはオウルのカトさん。どれも読み応えがあって、読み物としてまとまりがあります。既に一冊の本になる分量と質を十分備えていると思うのです。いや私なんて好き勝手書き散らすだけで、全然だめだな、としみじみ思う訳ですよ。

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# by wa-connection | 2014-12-06 06:29 | finland in general
その4です。
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これはその2、3でご紹介したVainiolaの壁のコート掛けフック。我が家にもこういうの欲しいです。

さて次ですが、
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こちらはより企業向けセミナー・ロッジであるEkk。
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アットホームで素敵なキャビネットがたくさんありました。WIFIや最新プロジェクター完備。
上は一階のカフェStrömforsという名前の会議室。
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壁紙はとってもウィリアム・モリスっぽいですが確認しておりません。


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それぞれの会議室はアールストロム社ゆかりの企業の名前が。こちらは関連企業だったカルフラ。ガラス産業で当時イイッタラ社を買い取るなどなど1920年代前後の株式市場ニュースなどにも見られる名前です。
さて、丸窓の部分でしっかり建てられた昔の家の壁の厚みがお分かりいただけるでしょうか?寒冷地住宅の断熱は素晴らしいのです。窓も二重三重なのは前も色んなところに書きましたけれど。

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同じセミナールーム。

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こちらはイイッタラという小さめのキャビネットの名前。日本でフィンランドのガラス工芸品お好きな方にはなじみの名前でしょうか。表記はIittalaで発音もイイッタラですが、色々大人の事情で現在のイッタラになっている模様。

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掛けられている絵画もガラス工場の職人達の作業風景数枚など、凝っています。


そうそう、ちなみにクラブハウスなどのレストランでは食材はできる限り地産地消だそうです。

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上の写真はリンゴの木が植えられたエリアですが、毎年敷地内のリンゴを収穫してジュースにジャムも作ります。管理する森には動物たちが。狩猟クラブもあるのでそこで仕留めたヘラジカや鹿、ウサギなども自然の恵みとして大切に調理。

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敷地内の堂々とした並木道。夏の緑、そして白樺が色づく初秋は綺麗ですよ。
乗馬する人達もよく通ります。

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テラス席のゼラニウムの鉢植え。ここでたとえばクリスマスパーティの最初の乾杯も出来ますよ、と言われてまた楽しそうな光景が目に浮かぶ。

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今の時期なら皆でグロギ(クリスマスのじきに良く飲まれるもの)で乾杯した後セミナー開始とか、、楽しそうだなぁ。

これ以外にもネイチャー・アクティビティは森のキノコ狩り、ベリー摘みから狩猟クラス、川での魚釣り、カヌー、マイレア邸見学と組み合わせは多様です。
ご興味を持たれた方は是非お問い合わせ下さいね。
私たちもお手伝い致しますよ!
そういえば今年はマイレア邸の同行通訳一件やったのでした。
通常はもう少し多いです。
通訳不要の方は英語、スウェーデン語、フィンランド語などでガイドはしてもらえます。


日替わりランチもクラブハウスでは平日12ユーロで提供していますし、宿泊は部屋あたり100-200ユーロが多そうでした。(スィートはこれよりお高め)
いやぁ私が泊まってみたいんですけれどね。勿論格安ホテルとは違いますが、旅の思い出はたっぷり得られると思います。
宿泊予約はこちらから:
http://www.ahlstrominruukit.fi/index.php/book-a-room.html 

ノールマルックの豊かな自然と静けさ、アールストロム社の力を入れた素晴らしいリノベーション計画にすっかり魅せられて(乗せられやすい性格なもので)帰宅したのでした。デジタル一眼レフを持って行けば良かったと悔やむ事しきり。

ちなみにNoormarkkuともう一箇所アールストロム社のゆかり深いKauttua(カウットゥア)にもクラブハウス及び宿泊施設があります。
今度そこと一緒に何か出来そうな話が出ています。

4回シリーズになってしまいましたが、お付き合い下さり、有り難うございました。
記事へのリンク
その1
その2
その3



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私もいろんなサイトにお邪魔しています。
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# by wa-connection | 2014-12-01 09:19 | work
さて三回目。まだまだ続きます。
タイトルにあるhelmiヘルミとはフィンランド語で真珠の意味。複数でhelmetヘルメット・・・笑っちゃいけません。
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その2から引き続きこの1942年設計のヴァイニオラ内部を見学中。

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同じく二階のやや切妻屋根のゲスト・ルーム。雰囲気がなかなか良くありませんか?
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おなじみティートロリー。マイレア邸見学の前後にこういうところで泊まって思い出にしちゃったりとか勝手に妄想しちゃいましたよ。アールト三昧とでも言いましょうか。

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さりげなく掛けられてる絵がB.J.Carlstedtビリエル・カールステットだったりして痺れるわぁ。
Maireはモダンアートの守護天使的な存在でのちにアルテック社の創業者の一人にもなるんですけど、その理由の一つが現代美術の発表や展示会のスペース確保だったんですね。
抽象芸術を大々的にフィンランドで紹介もしています。カールステットはサム・ヴァン二(トーベ・ヤンソンの絵画の師匠でほぼ最初の恋人)やウント・プサあたりと同年代に活躍して20年代にちょっと抽象っぽいものに取り組んでますが具象に戻りました。この絵も1950年台になって完全にまた抽象に移行する前のものでしょうね。マイレが買ったのかなぁ。(また妄想)
私が特に好きという訳ではなく、当時のフィンランドの美術界のつながり、スウェーデン語系フィンランド人社会、そして建物にまつわる歴史を感じられるという意味でしびれておりますです、はい。

ポリ美術館の常設展はマイレの膨大なコレクションを元にしていますのでご興味おありの方はそちらにもついでにいらっしゃるといいかも。フィンランドのモダンアート所蔵では東のキアズマ美術館、西のポリ美術館とまで言われます。

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この素敵な階段を下りまして、、、


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先ほどのVainiolaの横にはスィート・ロッジが。新婚さんが借りたりするようですよ。

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さて次の場所へは歩いて移動。気持ちいい外気を肺に吸い込みつつ。

こうした地所の管理のためにアールストロム社で数十人の社員がノールマルックに常駐しているそうです。

その4に続く。
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# by wa-connection | 2014-12-01 08:02 | work
その2です。

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さて次はアールト設計のヴァイニオラと名付けられた建物(1942年)。参加者皆が歓声をあげた内部。これは当時のマイレア邸の貴重なポスター。これだけでも欲しい。。。

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この建物はアールト設計で一点ものの家具やインテリアも多数置かれています。リノベーション後もテキスタイルも一部オリジナルを残してあると!
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テーブルの足をすりすりしてしまう私は変態でしょうか。。。

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ダイニング。ここで友人達と3家族ぐらいとわいわいニューオーリンズスタイルかコール・ポーターあたりの音楽なんかかけてお食事したーい!(広がる妄想)

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暖炉もいかにもアールトらしい。
少しマイレア邸の居間の暖炉を思い起こさせるミニチュア版と言った感じ。
黒い鉄柱はマイレアでも、自邸などでも見られる。マイレア邸では籐を巻き付けさながら白樺の木立と言った趣。

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窓からの自然溢れるノールマルックの風景。
日常を忘れて忘我の境地に浸れそうです。

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八室ある二階のゲスト・ルームの一つ。こんなベッドで寝てみたい。。。

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ライティング・デスクにセットされたこの二脚の椅子!!(興奮で声にならない私とその他女子二名)

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このフロアランプにポスターも欲しい。足が細いのがすっきりしていて実にいい。
Tynellかな。当時のアルテックで扱っていたかどうかは不確かですが。

まだまだご紹介しきれません、その3へ続く
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# by wa-connection | 2014-12-01 06:57 | work
※今回は画像山盛りで参りますよー!
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久しぶりに建築、インテリア関連です。先週、知人が転職した先のアールストロム社リアルエステート・サービス部門にお招き頂いて朝食ミーティングに行って参りました。

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アールストロム社はNoormarkkuで設立されたフィンランド有数の製紙企業ですが、建築デザイン関連の方にはマイレア邸と言った方がピンと来るかもしれませんね。アールストロム社創業者夫婦が当時アルヴァル・アールトに全面的に設計を任せ出来上がったのがVilla Maireaつまりマイレア邸です。マイレア邸の隣にはマイレの生家Havulinna(針葉樹の屋敷とでも訳しましょうか)がそびえています。グッリクセン家も非常に裕福な製鉄所経営者一族でした。

マイレア邸はマイレア財団の管理ですが、この辺り一帯をアールストロム社が維持管理しつつゲスト・サービスとしてレストランやパーティ、会議&セミナーパッケージ、宿泊サービスも提供しています。

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朝食ミーティングはレストランがあるクラブハウスにて開催。
参加者は私を含め今回8名、ポリや近郊の企業の人が多かったですね。PRビデオや資料も頂いて何ができるか様々な角度から説明を。
朝ご飯美味しゅうございました。

美味しい朝食後、早速エリア・ツアーにバンで出発。スウェーデン人研修生ラスムス君運転。
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↑こちらはフィンランドでは欠かせないサウナ付きセミナールーム。カラオケもあると。。。
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霧が深い日で見通しは悪いですがとても幻想的な風景でした。

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電気ストーブのサウナ。12名ぐらい入れます。サウナ・ヨーガも開催したわよとスタッフのMilla。(ヨガ系イベントは女性陣に人気だそう。)
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こちらはスモーク・サウナ小屋。4ー5時間掛けて煙で燻しつつ温めるとても気持ちのいいサウナです。こちらもレンタル可能。
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サウナ付きセミナールームの外はネイチャー・ロードでお散歩道へと続きます。いやぁ癒されそう。

その2に続く。
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# by wa-connection | 2014-12-01 03:35 | work

合唱団のコンサート終了

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今日は次男の音楽コース合同合唱団のコンサートでした。
↓ポリ中央教会にて。
ここで13年前結婚の祝福をして貰ったんだったよなぁ。
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日曜が最初のアドヴェントですから礼拝があるでしょうし、そろそろ教会教区の方々も一年で最も重要な行事に向け忙しい事でしょう。

女子も男子も服装細かい指定が。
白シャツ、丸首黒一色のセーター
女子は黒いレギンス、黒いバレーシューズ、小さな飾りは付いて良し。
ミニスカートも履いてよし。

男子は黒いズボン、黒いソックス、黒い丸首セーターまたは同様のもの、
スーツも可だがその場合はだらしなく見えないよう黒いネクタイ着用のこと、靴は黒い革靴!
フィンランドで珍しい厳しさです。
いつも十人十色、大人でもクリスマスパーティや母の日食事会にセーターで来るおじさんなどゴロゴロいますから(汗)
こんなにまとまりある服装の生徒たち初めて見たかも。

プログラムはこんな感じでした。
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学年ごとに2曲、複式学年で一曲、だんだん学年が上がり、間に参加者全員で賛美歌一曲歌い(Nyt syttyy valot tuhannet)、、、
とても綺麗な曲です。Youtubeリンクを貼ります。
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間に伴奏担当したオルガン演奏者のソロでアヴェマリアも。
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最後に4学年全員で合唱。
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こちらも終わって、いやはやホッとしました。

さて来週は独立記念日の週です。学校もイベント続き。

手抜き日記ですみませーん。

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# by wa-connection | 2014-11-28 05:16 | life in Pori
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この秋から次男が3年生で町の中心部の学校内にある音楽コースに入り、音楽コース(3年生から9年生まで音楽の時間が多い)での合唱団に自動的に参加しているので毎週練習があり、10月に最初の「動物の世界のアリサ」というテーマで3〜6年生が寸劇も交えたコンサートを学校で開催。
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顔に猫のペイントしたりしっぽをつけたり着ぐるみを着る生徒もいて大騒ぎでした。

家族人数分の切符は来なくても買わなくてはならないという「掟」もあり、これから数年間こういう固定費も増えそうです(汗)

24人位のクラスで男子なんと6名。男子たちと結束固くなり、次男は楽しそうに通っていますが、同い年の声が倍大きい従姉妹がクラスメートで気になるというかいちいち歌や振り付けを間違うとその度に指摘されて面倒な様です。 姪っ子は、去年からポリ市立劇場でも「サウンド・オブ・ミュージック」のトラップ家の娘の一人として歌って踊って、を満喫している口の立つ女の子ですからね、毎日やりこめられております。反撃してますけどね。

さてクリスマスが近づくと、色々イベントを意味する訳ですが音楽系も発表会シーズンです。

長男は秋からパルムグレン音楽院である、市のジュニア吹奏楽団に週一回通っていまして、サックスは先生につかずにこの吹奏楽の練習のみやっています。昨年度一年間習っていた非常に上手で教え方のうまい学生さんがヘルシンキの学校に行ってしまって、先生が見つからないままなのです。ポリジャズの町で、サックスの先生が音楽院で一人しかいないという。楽器屋さんの先生は非常に高齢でコミュニケーションがうまくいかず、一年前断念して、音楽院に張り紙を出して運のいい事に一番うまい学生さんがバイト探していてラッキーだったのですが、なんと音楽院でもプロ科でサックスの学生が今いないと聞いています。ジャズの町なのに大丈夫か?全国的には結構学生はいると思うのですが。
ともかく、年明けから同じ吹奏楽団で個別レッスン15分も5月までつけてもらえる吹奏楽スクールの形に申し込み受理されたので、無いよりましでしょう。もう少し色々私も分かる範囲で見ておいた方がいいのですが、なかなか忙しいときは自分でやっておいて〜、うん分かった、で一通り吹いておしまい、拍がずれているままになったりしておりますです。冬休みは色々復習してもらおうと思います。音階とか和音とか長音、短音とか。

今週火曜日はそれでもなんとか、映画音楽コンサートをジュニア吹奏楽団で4グループ発表会に参加できました。先週私から順繰りにうつった風邪で子ども達も学校を休んだりしていましたから練習も少なくて不安でしたが。
グループはDが初心者、長男のいるCグループが1年〜2、3年習ったグループ、という風にAまであがります。

感想ですが、それぞれのグループの差が実に大きかったですね。初心者グループは小学校低学年5人位で構成された少人数のものでしたが、一緒に指揮に合わせて決まった和音にするのもまだ難しい段階。
長男のCグループでは、最初『アラジン』のテーマと、『メリーポピンズ』の「チムチムチェリー」が課題だったのですが、アラジンが難しすぎるという判断で11月になって「Aura Lee」(後にエルビスが「Love me tender」に使用)に変更。アルトサックスの
長男は家で練習している分には簡単だと言っておりましたが、伴奏パートですし、メロディパートを演奏するフルートなどと合わせないとやっぱり全体はつかめてなかったようなので、メリーポピンズの方はピアノで下手な伴奏付けて練習してみたりもしたんですけどね。途中からヨーガの先生の末っ子4年生が同じアルトサックスで入ってきて良かったです。最初はサックス一人だけでしたから。

結果、なんとかなりました。間にパート譜を見ている私は、お、一拍ずれてるぞ、とか冷や汗かきながらも他のパートの子も間違えてるのが聞こえたりしてまぁ週に一回しか練習していないのだしこんなものかと。

一つ上のBグループの方は曲数が一気に増えて「ミッション・インポッシブル」のあのテーマ曲も。ここでねぇ、リズム隊のドラムの子がコンピずらしちゃってましたね。中1位じゃないかと思います。表情で「あ、しまった」、というところも見えたりして、でも途中で直せなくて、それを頑張れ〜と心で応援しつつ。Bグループはクラリネット女子が凄く多かったです。近所のCにいる小学5年女子はクラリネットを勧められて、なぜかあの形が格好わるいからいやだ、とフルートを選択したそうですが、好みですね。Bのグループでは人気なのでしょう。お母さんがフルートをやっていたことがあるのも大きいかもしれません。
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お隣の中一男子は小学校からチューバを選択。いまだに続いています。がりがりの子なので楽器がとっても重そう。写真の右端の男子です。

Aグループは高校生までいますから、下のグループに比べてさすがの風格でした。楽団ユニフォームを着ていると様になりますね。スターウォーズのテーマ数曲は次男も楽しそうに聞いていましたし、ブルースブラザーズのテーマもテンポが良かったです。最後は映画『ミッション』からガブリエルのオーボエを、パルムレン音楽院の校長先生もチューバで、そして指揮者もトランペットでソロを披露。
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小学生の同年代の子達の演奏も聴けてどんな感じなのかが掴めた意味でも勉強になりました。厳しくしすぎないようにしようと思いました、はい。

さて今日は次男の音楽コース合同合唱団の教会でのクリスマス・コンサート。英語での曲も二曲有るとか。

再来週は次男のピアノの発表会です。ブルガリア人の厳しいけどちゃんとやったところはしっかり目に留めてほめてくれる眼光鋭い先生に習っております。8月から数ヶ月、手を丸く、指を自然に曲げて、そろえて、口で数えながら、と口うるさく言っていたら毎日次男と喧嘩になってその度に夫に仲裁に入られていたのですが、もうできるだけうるさく言わない事にしました。基本はね、、、聞かれたら音符を教える程度です。
私もピアノは小6でやめてますし、本当に大した事は教えられませんが。ピアノ男子が次男の友達になぜか数人。続けば良いなと思います。

簡単なのを二曲選んでおります。これはアットホームに食べ物飲み物持ち込みで保護者と生徒達で借りている学校の教室でやるようです。その週仕事でいないはずだったのですが、一週間ずれて私も行ける事になってほっとしています。

学校のテストも小6の長男も結構11月は続いていましたし、12月半ばには子ども達の習い事も落ち着くでしょうか。
そういえば長男の空手合宿と昇級試験が半ばにあってそれが山場かなと。
ゆっくりできるのはいつのことやら。
今週は夫の会社のクリスマス会もあります。さっと着られる様に着物の用意をしなくては。

他にもフィンランド関係の面白い記事がたくさん見られるブログランキングが
↓にあります。フィンランド在住の人たちの多様な記事をぜひどうぞ。


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# by wa-connection | 2014-11-27 18:37 | kids
※長文です。
これは今年の春から訳し始めたネタでやっと隙間時間が取れたので仕上げました。書籍、翻訳関連ネタが続いておりますが、きっと本好きには興味が有るお話だと思いますので!
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ーーー
—本は生き延び、進化する。しかし書籍は本棚から飛び出して余暇時間市場からそのポジションを確保する必要がある—

まずは悪いニュース:フィンランド人の読書率と書籍販売、そして新作出版部数は引き続き落ち込みを見せている。
次に良いニュース:フィンランド文学の翻訳化の版権売上、つまり文学作品輸出額は2011−2012年の間に126万ユーロから198万ユーロへ60%増となった。(注:円換算で182億円から286億円、11月20日レートによる。
ちなみに2013年も更に増加している)

フィンランド文学界でどこかで成長可能性を探すのであれば、国境を越えて行くしかない。2008年から2009年の間に、フィンランド文学において販売売上は291万ユーロから263万ユーロに落ち込んでいる。(4億1900万円から3億8千万円、同レート)昔ながらの書籍出版の方でいえば落ち込み率は大きく、逆にデジタル出版物や書籍の分野では逆に売上を年々伸ばしている。

出版界の専門家によると、前途多難であるとはいえ、書籍は死に絶えはしないという。課題は人々の余暇の時間の奪い合い、読書自体の減少、読解力の弱り、そしてデジタル化にともなう様々な試行錯誤中のビジネスモデルといったところだ。

「人口は増えません。ですから私たちは視線を国外に向けなくてはらなないのです。また作家にとっても視線を世界に向ける事が重要でしょう。将来はより国外へ出て行く形が増えると考えています。」大手出版社WSOY社のティモ・ユルクネンは言う。

これは容易な事ではない。
「外国にはフィンランド語を読める編集者を抱えた出版社はありません。ですからフィンランド書籍の輸出にはさらにセールス・トークが必要ですし、先方もリスクを背負って版権を購入する訳です。」とフィンランド文学情報センターのトップであるイリス・シュワンクは考える。

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書籍見本市はチャンス

フィンランド文学はここ最近注目を浴びている。これは版権売上額から見ても明らかだ。これは一朝一夕になしとげたことではなく長い間の準備期間が実を結んでいると言っていいだろう。定期的に海外の出版社をフィンランドに招き、翻訳者を教育してきたということだ。ソフィ・オクサネンのようなスター作家がより注目を集める結果にもなっている。シュワンクによると、70−80年代に比べて、フィンランド文学の内容も変容を遂げている。「以前は海外に受けにくいテーマが多かったと言えるでしょう。今では物語の舞台やテーマが国際的になり、フィンランドらしさを求められつつも、これまでよりも親しみやすさを増しているのではないでしょうか。」また、フィンランドは成功している文学作品に加えて、レパートリーが広い事、児童文学に関しては層が厚いことも特徴だという。トーベ・ヤンソンはフィンランド人作家でもっとも広く翻訳されている作家の一人であるし、ヤング・アダルト文学を書くサッラ・シムッカの版権も37カ国に売れている。(注:2014年初めの時点)「私たちの場合はスウェーデンのようなミステリー・ブームは来ないでしょうね。逆に言えば、多様性が私たちの武器なのです。」10月のフランクフルト書籍見本市は世界でもっとも注目される出版界のイベントで、フィンランドは今回テーマ国として満を持して参加する。メッセには30万人が足を運び、そのうち17万5千人が出版業界人だ。フィンランドは2300平米のパビリヨンを用意し、期間中1万人の来場者を目指す。

テーマ国プロジェクトの予算は5年間で4百万ユーロ(5億9千万円)、そのうち半分が公的支援である。目標は翻訳版権契約数のレベルを常に活発な状態にまで引き上げる事だ。これは実はドイツ語書籍市場ではすでに成功し始めている。

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電子書籍は後発

2012年には新たな電子書籍は678冊発売された。一方紙の書籍の出版数は4355冊である。2008年から考えて電子書籍数は5倍になったとはいえ、道はまだ険しい。
オタヴァ社の出版上層部ミンナ・カストレンはフィンランドではなかなか質の良い幅広い電子書籍が売られていると考える。オタヴァの目指す所は、紙の本はすべて電子書籍でも提供できるようにする、という事だ。これは消費者への機会提供というよりは、読み手に電子書籍に慣れてもらうという方が大きい。フィンランド人にとって本はまだ神聖なものなのである。「私たちは消費者に電子書籍を読んでもらい、購入してもらえる様に投資をしなくてはなりません。」とカストレンは言う。

「フィンランドは非常に伝統を重んじる国です。消費者と版元は電子出版というものに対してかなり反応が遅かった。私たちは先駆者というよりはデジタル・コンテンツの消費においては逆の状態でしょう。」前述のティモ・ユルクネンも言う。

電子書籍の定着には紙の書籍よりも高い付加価値税とともに、販売経路が障害ともなっている。電子書籍を入手する為のチャネルはまだまだ発展途上だ。

カストレンはそろそろ電子書籍の出版、販売が軌道に乗っていなくてはならない頃だと警鐘を鳴らすが、価格もその実現を阻む理由の一つである。

「電子書籍出版なら費用はかからないだろういう考えがつきものですが、それは間違いです。電子書籍だからといって本が無料になる訳では有りません。」

フィンランドの場合、電子書籍の価格をあげるのは、24%の付加価値税だ。印刷書籍の場合は10%である。例えば2013年一番のセールスを誇ったライラ・ヒルヴィサーリの価格は2月の時点で印刷書籍で23ユーロ、電子書籍で25ユーロである。

書籍の形式が様々に

書籍の世界では、もっとも大きな試練と考えられているのは読書時間の減少である。これはフィンランドだけではなく世界中で起こっている現象だ。成長戦略として海外に目を向けたとしても、人々の生活の一部として読書を残したいのであれば、業界内部で変革が必要だ。

「読書に当たり前のように興味を持ってもらえた時代とは違います。今度は興味を生み出さなくてはなりません。本好き、文学の友、と言った人々は減りつつあります。一方では現在、これまで以上に文字に触れる機会自体は増えているのです。ただ、どうやって読むかという形が異なるという事を認識しなくては。」とミンナ・カストレンは言う。

「人々は短い文章や細切れのコンテンツをあちこちで空き時間に読んでいます。」では何が、本やより長文の集中力を要する読み物の可能性と形式なのだろうか?

ティモ・ユルクネンによれば、それは本がこの競争の中で他のコンテンツよりすぐれた魅力を備えてこそ勝ち目があるという。
「そしてその内容は、他の競争相手(コンテンツ)と同じプラットフォームに入っていなくてはなりません。この競争は、本がほかの余暇のレクリエーションよりも優れているという態度のままでいては到底勝つ事はできません。」
カストレン自身はこの競争により、書籍や文学のレベルがより引き上げられると考えられている。「今では誰でも文章を公開する事ができます。ただ版元は文章に真の力強さと良さがなければ食いつきません。」

デジタル化は書籍にも可能性を与えると言っていい。ユルクネンは、音楽ビジネスで広く広まったSpotifyのようなサービスが登場するのも遠い事ではないという。面白そうな本についてはソーシャルメディアですぐに情報が共有されるものだ。更に様々なアプリケーションも書籍とって新たな可能性と言える。
「児童書ではこうしたアプリはより進んでいます」と文学情報センターのシュワンクは言う。
「書籍の中身を様々なアプリケーションやその他の方法でより豊かにする事もできるでしょう。画像をアップしたり、音声も追加したりして。」ミンナ・カストレンは、多様性は作り手から始まるという。作家や挿絵画家がすでに完成したアイディアを持ち込んできます。彼らはどうやったらそのアイディアを実現できるか、例えばゲーム業界のことも知っているのです。今後さまざまなハイブリッド型コンテンツが生まれるでしょう。たとえば文章と動く挿絵なども考えられます。

カストレンはそれでも、文章による力を信じている。
「たとえどんな形になろうとも、本の核となるものは残るでしょう。」


以上です。
本当はフランクフルトのブックフェア以前に訳したかったんですけれどね。(涙)
したかったんですけどね・・・

まぁいいや。(おい)
文章の公開が簡単だというのはブログしかりソーシャルメディアしかり。
誰でも無料でできてしまいますからね。
有象無象がものすごいことになってるわけです。すみません、このブログもその一つです。みなさんがこれを読む事で貴重な読書時間がぁ〜〜!!(罪悪感)

では私は2ヶ月積ん読になっていた『森の兄弟』を今週からまた再開してますが、毎晩見開き読んで睡眠導入剤の役目を果たしてくれています。大岩の上で荒れ狂う牛達に囲まれている七兄弟、伝説やら喧嘩やら長かったんですがやっと次の行動に移った所です。
今日も見開きで寝てしまうのだろうか、、、4日間で8頁。夏休みは毎晩20〜30頁ペースで一週間ちょっとで170頁までいったのですが。年内に読み切れるか、挑戦です。
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# by wa-connection | 2014-11-21 05:36 | books
うちで二紙新聞を取っているんですが、この地方のサタクンナン・カンサ紙に定期的に掲載される言語関連のシリーズ記事「言葉のこと」があって、文法的なトピックだの結構面白い内容で勉強になります。
今回は翻訳についての記事があったのでトピックとしては前回から続きますが、載せてみます。
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「トーベ・ヤンソンの文章」

フィンランド語版での文:
"Eräänä harmaana aamuna ensilumi laskeutui Muumilaaksoon. Se hipisi maahan hiljaa ja tiehensä, ja muutamassa tunnissa kaikki oli valkoisena." (Taikurin hattu 1948)『楽しいムーミン一家』の出だしである。
これはスウェーデン語の原文からフィンランド語に翻訳されたものだ。
(意訳:ある はいいろの朝のことです。はつゆきがムーミン谷をおおいました。雪はしずかにじめんやみちにかろくふれて、すうじかんごにはすべてがまっ白になっていました。)

すばらしい作家は文章も同様にすばらしい、と言われている。ではトーベ・ヤンソンの文章はどうだろう。たとえば前述の『楽しいムーミン一家』はどのように翻訳されているのだろうか。

作家ユハ・セッパラは、良い文章とは「ゆったりとしていながら、他の書き方を許さない。自由でいながら、完成している。形成的でありながら複雑ではない。曲がりくねっておらず、まっすぐに多方向に向かう。 良い文章はそれ自体が良い文章だと触れて回る事はしない。良い文章は膨張せず、押し付けがましくもない」

と言っている。ムーミン童話は文章にあふれている。これらの文章は着膨れした感じはいっさいせず、押し付けがましくもない。余裕が有り、これ以外の書き方はあり得ないと思わせ、自由でいて完成している。形成的ではあるがややこしくはない。

トーベ・ヤンソンの言葉で特徴的なのは主文の多用だろう。表現方法は詩的で読者に同化する余地を与えてくれる。ヤンソンは原因—結果で導かれる副文を避けている(英語でいうところの、that, because, ifで始まるもの)。

『ムーミン谷の夏祭り』を見てみよう。フィンランド語では”Pannukaku kuivuu ja kukat kuihtuvat ja kello käy, eikä ketään tule.” (Pannkakan torkar och blommorna vissnar och klockan går och ingen kommer.)手元に邦訳がないのでほんとうにざっくりと訳しますが(童話の訳はどの方の翻訳もさすがとうなる練られたすばらしいものなので下を読むと邦訳で該当箇所が見つけられないかもしれません、うう、、、)

「パンケーキはかんそうし、花もしおれ、時計だけがすすむ。そしてだれもきやしない。」矢継ぎ早に続く主文は計算されフィリフヨンカの悲しいため息と合致している。そこでは夏至祭の夜に人を待ち続けることの終わりのないやるせなさが詩のように描かれている。

ムーミン作品が発表された当時、当時の児童文学の要件を満たしていないと批判された。教育的な内容でなかったからだ。

ムーミンの世界は当時馴染んでいたもじゃもじゃペーターの世界から程遠かったのだ。ヤンソンは読者に(子どもにも、だ)自由を与えた。読者を信頼したのである。

ムーミンの物語は43カ国語に翻訳されている。初めて英訳されたのは『たのしいムーミン一家(原題からの直訳:魔法使いの帽子)』で”Finn Family Moomintroll” とされた。

翻訳者は物語を当時慣れ親しまれた児童文学の方向へと誘導している。この翻訳者は言葉を切り捨て、読者を思惑通りの方向へ誘い込み、並列された主文を副文へと変換してしまっている。翻訳からは、児童文学を見下す態度が見え隠れする。

フィンランド語翻訳の例ではオリジナルの雰囲気を極力尊重している。
”Nipsu puri pelkästä kiiihtymyksestä hemulia peukaloon. –Pidä varasi, hemuli sanoi vihaisena. Sinä purit minua peukaloon! –Voi anteeksi, sanoi Nipsu. Minä luulin, että se on omani.”
(意訳:スニフはこうふんしてヘムレンのおやゆびにかみつきました。 気をつけろ!ヘムレンはおこっていいました。こっちの親指にかみついたんだぞ! ああごめんよ。スニフはあやまりました。ぼくのだとおもったんだ。)

英訳では以下のようになっている。

”(…)in his excitement, Sniff bit the Hemulen´s thumb thinking it was his own.” これをフィンランド語にすると以下のようになる。
”Kiihtymyksissään Nipsu puri Hemulia peukaloon luullen sitä omakseen.” 
マルヤ・ヘイッキネン 
(筆者は英語とフランス語修士、翻訳家)



以上です。いやぁ、プロのチェックってほんっとうに恐ろしいですね。さいなら、さいなら、、、(違うだろう)

特に英語の場合はそういう目にさらされる機会が多そうです。
ただここまで読み込むと文同士の関係やぎりぎりまでそぎおとされて美しい原文がますますいとおしく思えます。上の記事を読んで、本文の美しさを楽しみたいのであれば、英訳ではなく邦訳がやはりいいのだろうなと改めて感じました。フィンランド語訳としかくらべていないのですが、どれもよく練られて一度訳者の方が消化したあとご自分の言葉で生み出したものであることがわかります。直訳のような固いものではなく、流れがあり、全体の雰囲気がしっかりと伝わってくるのです。私の意訳は邦訳が手元に無いため適当であまりにしょぼいものですのであくまで参考程度になさって下さい。

 原文が愛おしいとはいっても、私は大人向けに書かれたヤンソン小説の方が実は好きなのですが。『彫刻家の娘』の中の短編もいくつかとても好きなものがあります。「パーティー」など。

翻訳は意味が伝わればいい、こんなものじゃないか、と思う人もいれば語順原文に忠実に、と思われる方もいらっしゃるかと思います。

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# by wa-connection | 2014-11-20 03:15 | books
※長いです。
フィンランドのベテラン翻訳家にインタビューした9月頃の新聞記事があって、翻訳の仕事の仕方、タイプの違いなど興味深かったので訳してみました。

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「一流の翻訳家達は不可能に思われた作品のフィンランド語訳もやってのける」

Helsingin Sanomat 元の記事へのリンク(フィンランド語です)


ヘルシンキ中心地にある二部屋の古い洗濯室——
その両方で純文学の翻訳家が仕事をしている。その二人ともこの秋にあらたな翻訳作品が出版される所だ。二つとも世界文学の古典ともいうべき、そして翻訳不可能とまで−−少なくとも非常に困難だろうと−−言われていた作品だ。

クリスティーナ・ドレウズはウラジーミル・ナバコフのカルト的作品の翻訳を2013年夏に始め、今週『Kalvas hehku(邦訳:青白い炎)』が印刷に回った所だ(注:10月に上梓)。

ユハニ・リンドホルムからは米国人作家トマス・ピンチョンの分厚い『Painovoiman sateenkaari (邦訳:重力の虹)』が9月末に上梓された。この作品を訳しきるのに2009年から2011年の間合計18ヶ月を——しかもフルタイムで——要した。

これらの作品のどんなところ難しかったのだろう?

ロシアから米国に亡命した作家ナボコフ(1899—1977年)の『青白い炎』については、それが何なのか、はっきり言う事が難しい。導入部はジョン・シェイドという名の詩人による999行もの詩だ。その後学者チャールズ・キンボーテの述べる意見が続き、注釈、索引がある。

これらすべてが作品全体を文章とともに言語の迷路で一つにつながっているのだ。本作品はポストモダン時代の小説でありまた文学史に名を残す作品の一つである。

「参照部分がそれこそシェークスピアから全分野にわたってありましたね。」ドレウズはいう。「言い換えれば、作品にはナボコフの人生がかなりの分量詰め込まれています。それは世界史であり政治であり、ツァーリ時代の帝政ロシアの記憶であり。もちろん想像上のゼンブラ国としてではありますが。キンボーテはゼンブラ国から追われた支配者だったのかもしれないし、はたまた彼はただの気がふれた人だったのかもしれません。」

ピンチョン(1937生)の作品では翻訳の難しさは一言で言えばそのあまりの幅広さ、であろうか。ページ数は千に及ぶ。ある部分では『重力の虹』は第二次世界大戦とその当時のロケット技術を述べ、また一方では激しく荒々しく誰にも止められないような夢想をしてみせる。

登場人物も四百人近く、語り部、言語、諺なども多い。弾道学からカバラー思想、哲学、化学、経済学そして作中では映画、音楽だけでなく麻薬にまで話題が及ぶ。

リンドホルムは、本作品はヒッピー時代の精神世界を描いているという。その雰囲気はロバート・クラムのアングラ・コミック作品に近い。同時に、作品はかなり悲劇的で戦争が引き裂く国、国民そして個々の人々を描く。

「ピンチョンは以前航空業界のテクニカル・ライターとして働いていましたからそれがここにも表れています。作中の多くのトピックに関して僕は無知でしたけど、翻訳者はカメレオンですからね。」

「翻訳にあたってはジャーナリストの経験と、勤勉にやるって言う性格も役立ちましたね。分からない事は調べ、文章をじっくり読み直します。調性を見極めて作品が一つの音楽を奏でるようにする。同時に自分自身は一年半の間、全く別の人生も生きなくてはならない。」

これを可能にするには二つのやり方がある。一方の翻訳者たちはリンドホルムのように朝出勤し、一日中訳し、夕方帰宅する。もう一方の翻訳者たちはドレウズが言うように「いうなればずっと仕事をしているようなものですね」ということだ。

「私が前回まともな休暇を取ったのは2002年の事だったかと思いますよ。ジョイス・キャロル・オーツの『ブロンド』※を訳し終えた時ね。あの時は夫と二人で一週間カナリア諸島に何もかも忘れて行きました。」(注:マリリン・モンローの生涯をオーツがフィクションも含め描いた超大作。邦訳では上下巻合わせ1300ページに及ぶ)

通常は翻訳は仕事場から自宅へ、そして夏はサマーコテージへと常について回る。「若い頃は早朝5時頃に起きて、家族が起きる前に二、三時間ほど翻訳をしましたね。日が長いから光は十分有るし。」現在は一番下の息子が高校生になり、楽になってきました。ナボコフの翻訳では春にコネ社財団のレジデンスで二ヶ月スペースを借りて打ち込む事ができました。」

訳者の性格によっても訳すという事に対する違いが表れる。
リンドホルムがピンチョンの翻訳で日に多くとも二頁分をもう修正を入れない最終の訳として翻訳したと言えば、ドレウズは五〜十頁の「下訳」をまずするのだという。彼女はそれを再び訳し直し、何度も修正しながら最後まで文章を磨き上げようとする。「どこまでいっても修正が終わらないように感じる」のだという。

ナバコフの作品では特にそうだった。原文が常に語りかけ、ドレウズは度々もう訳し終えた部分に戻り修正しなくてはならなかった。

彼女の場合は原書の他言語の翻訳書も参照する。「内容の理解に役立つんですよ。勿論、翻訳の解決には結びつきませんけれど。」

リンドホルムの場合はほかの訳者の作品はまったく手を触れない。「性格でしょうね。読んで影響を受けるのが怖いんですよ。」

ピンチョンの場合は、おそらくその可能性は低かったろう。この作品の他言語への翻訳書自体が少ないからだ。

文学の翻訳というのは特殊な職業だ。共通の学位があるわけではなく、翻訳者の経歴も様々だ。ドレウズは英語と文学を専攻した。リンドホルムは文学を専攻したが言語は(高等教育で)学んでいない。

翻訳家ヤーナ・カパリーヤッタ(注:ハリー・ポッターのフィンランド語訳を成し遂げ、翻訳賞もフィンランドで受賞した)のように一族に翻訳家がいて、という場合もあるが、通訳、ジャーナリスト、法律家、作家、教師が翻訳をしている場合も多い。

「役人のように譲らず、揺るがない経営者である必要が有りますね、報酬でおいそれとは譲らないが、締め切りは守る人。」とドレウズは考える。「同時にしっかりと芸術家でなければね。」

なぜなら文学の翻訳は創造、つまり作家の言葉の新たな解釈を試みる、ということであるからだ。
翻訳家以上に重要な読者は存在しない。訳者の置き換えた言語で、その作家が、対象言語ができたならきっと同じ言葉を選んだであろうと思えるものでなくてはならない。

さらにそのスタイルはその訳者らしさが必然だ。なぜなら翻訳に必要なのはその書籍が書かれた言語の能力ではなく、翻訳後の言語をいかに自由に使いこなせるかの能力がものを言うからだ。

名人並みの言語の意識がなければ、『冷たい炎』ほどの詩学に近い長さを持つ詩をフィンランド語に訳し、長さこそ違え、同じ雰囲気を醸し出させる事は難しい。フィンランド語では英語とはかかる音節やその長さが異なるからだ。

またこの母国語の能力がなければ、リンドホルムが『重力の虹』でやってのけたように言葉遊びを言語から言語へと変換する事はできない。たとえばyou, never, did, the, Kenosha と kid を、 リンドホルムは voi, ei, jää, yksin そして tein としてみせ、言葉の列に全く違う意味を持たせた。中身は全く違うが、目的は同じでその言葉が与える影響は無理なくストーリーに馴染む。

「言ってみれば不可能な話なんですよ。誰かが何かを書いて、もう一人がそれをもう一回書くようなものです。それでも違う国に住む読者たちがあたかも一冊のまったく同じ作品しかないようにその事を話し合っているようなものなんですから」とドリューズは表現する。

専業で書籍翻訳をやっているのはフィンランドではおよそ二百名程度だろう、と二人は言う。

二人は既に経験豊かな年長の翻訳者たちであり、成功もしている。二人とも翻訳作品を認められ、国から賞を受け、助成金も得ている。

ただ、フィンランドで文学作品のみを翻訳してやっていけるケースは少ないだろう。ドレウズは「多くの翻訳者が複数言語から翻訳をしています。なぜなら英語以外の言語でそこまで需要がないからです。」と指摘する。

また二十年前にくらべて海外作品の翻訳が売れない、または出版しにくいという現在の事情もある。

「多くの翻訳者が転職しています。」と言うリンドホルムが憂えるのは「現在は若くて未経験な翻訳者がもっと待遇のいい仕事に転職できるまでの間、翻訳を安く請け負うという状態です」。リンドホルムにとっては、これは遠からず翻訳の質を落とす負のスパイラルになるだろうという。

ドレウズはもう少し楽観的だ。「翻訳とは訳すことで常に学んで行く仕事です。私たちより若い40代の訳者達は非常に実際的に取り組んでいます。結束も有るし、その為の組織も、そして自主的な勉強といった動きも活発です。」

だからこそ、あらたな大作の翻訳にも希望がある。

もし選べるのであれば何を訳したいか?という質問に、ドレウズは現在取り組んでいるのがマーガレット・アトウッドの『マッドアダム』を、そしてリンドホルムはイアン・マキューアンの今年九月に出版されたばかりの『The Children Act』に取り組んでいる所だという。両方とも来年フィンランド語版が出版予定だ。

ドレウズは「スコットランドのアリ・スミスは大好きな作家の一人です。もっとフィンランド語に訳したいと願っています。」リンドホルムは古典を選んだ。「ウィリアム・フォークナーとポール・ボウルズですかね。」


ユハニ・リンドホルム
1951年生まれ、翻訳家
1982年から翻訳を生業とする。英語からの翻訳は百作品余り。スウェーデン語からの翻訳は数冊
散文に加えノン・フィクション、詩などを翻訳。
J.A.ホッロ賞受賞(通訳翻訳家協会のノンフィクション翻訳作品に与えられる賞)と国からの文学に関わる賞を2009年受賞
既婚、娘二人。

クリスティーナ・ドレウズ
1952年生、翻訳家
1979年から翻訳を生業とする。散文翻訳が60作品余り。
演劇やミュージカルもユッカ・ヴィルタネンとともに翻訳している。

フィンランド翻訳家通訳協会役員会メンバー(1990〜2006年)
国家文学委員会の一員(2007〜2012年)
国からの翻訳家賞1989年、ミカエル・アグリコラ賞1998年
既婚、男児四人。

(終)

以上です。
読んでいて改めて翻訳には幅広い、深い教養が不可欠だと感じ入りました。たった一冊をしかももう一人の方と共同で訳しただけの私はとやかく言える立場ではなく、それ以前に教養の蓄積がまったく足りないというのも改めて実感しました。だらだらしていないでもっといいものをたくさん読むべきですね。
とは言っても、これも教養を取り入れる一手段である新聞も二紙取っているのでどんどん積み重なって行き、さばくのに苦労しております。

これも一頁ちょっとの記事ですが訳すのに1時間半掛かったような、、、
荒く訳しておりますので、日を見て必要な所に修正を入れさせて頂こうと思います、あしからず。

ピンチョン作品は邦訳で読んでみたいですね、ぜひ。日本でも今年秋に出た所ですから。
英語ではとても読む素養がございません。 フィンランド語でもどうかなぁ、、フィンランド人記者が書評を書くのにネットにあるピンチョンコミュニティの話やキーワードを見ながら読んだと書いてあったのですが(本人もこれは邪道だと認めつつ)、ううむ。それだけ難しいということでもありますね。

読んでやったよ、
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# by wa-connection | 2014-11-19 07:08 | finland in general

風邪でござる

いろいろ滞っており申し訳ありません。
喉風邪を引いてゴホゴホウィルス撒き散らしております。油断したんだなー、、今日締め切りの記事は意地で書き上げます!!(実質昨日だったような気がする。。。)
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# by wa-connection | 2014-11-14 01:45